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パイロットの見る星空
前回の終わりに「次は楽しい事を書く」と書いたので、パイロットになって楽しい事を思い浮かべようとしたけど、日々の激務で楽しい事が思い浮かばない
仕方なく妻に「俺の仕事で楽しい事って何かあったっけ?」と聞いてみると
「色々あるじゃない。この間も『星が見えた』って言ってた」
そんな事言ったっけ?
そう、コックピットから確かに星は良く見える
都会に住んでいる人は分かると思うけど、東京の空は明るすぎてほとんど星が見えない
中学生の時に、林間学校ですごい田舎に行かされた時に見た星はすごかった。まさに空から星が降ってくる感覚になって圧倒されたものだった。
コックピットで見える星はそこまでではない。コックピット内は計器のあかりで意外に明るい。夜間飛行では月明かりで映る外の雲を見たいので、なるべくモニターの輝度を下げたいのだけれど、計器自体が見えないと意味がないので、それなりに輝度を調節している。それでも空が澄んで星が良く見える日は、天の川が見える。あるいはその他のさまざまな星々が見える。確かに綺麗だなとは、頭のどこかでは思っている。でも、感心して眺めている暇はない。飛行中のコックピットは物理的にも心理的にも忙しい
訓練生だった時、夜間フライトの訓練があった
訓練は基本、昼間しかやらないのだけど、資格の取得で夜間飛行の経験をする必要があった
やることは普段の訓練と一緒で楽勝だ。空港のその辺をぐるっと回って帰ってくる。内容的にはいつもの訓練より簡単なくらいだ。訓練は三人の訓練生と一人の教官でやるのだけど、僕ともう一人は早めに終わり、二人で後部座席で「星が綺麗だな」とぼんやり見ていたら、教官に怒られた。
「お前ら!訓練なんだぞ。ぼーっとしているな!この訓練にどれだけの金が掛かっているか分かっているのかーっ」
確かにそうだ。教官は正しい。普段の訓練では、他の学生の訓練から何か学べるものはないかって、食い入るように見ている。でも、その日は夜景がとても綺麗に見えてしまった。
これではいけないのである。パイロットは、たとえ夜空が綺麗であっても、フライトの事を第一に考えなくてはいけないのである。
その後、航空会社に就職して、副操縦士昇格訓練を受ける
訓練は通常昼間に行われることが多い。訓練は終わった後デブリと言われる、反省会のような、お説教のようなものがあって、それが訓練初期には長い人だと2時間ぐらいになることもある。そうなると、遅い時間の訓練時間の設定は自然と少なく、夜間のフライトは副操縦士昇格訓練の後半になって設定されるようになる。
訓練生にとっては、夜間のフライトはストレスだ。操作盤のスイッチは暗くて見にくいし、コックピットのモニター画面は意外と眩しい。年配の機長だと目も衰えてくるので、なおさらピカピカに輝度を上げてくる。それが若い新人の訓練生の目には眩しくて、きつい。でも、基本的に自分の目の前にある計器と、機長の目の前にある計器の輝度は合わせるのがマナーだ。なぜなら、パイロットは自分の目の前の計器だけではなく、相手側の計器が正常に作動しているかを常にお互いに監視しあってるからだ。一瞬で左右の計器の内容が同じか確認しなくてはいけないのに、輝度が違うと見にくい。
ピカピカの画面を見ながら、薄暗くて見にくい操作盤のスイッチを操作する。副操縦士になったばかりの頃は、まだ業務に慣れていないので、わずかな環境の変化で右往左往してしまう。そんな中で、夜空を見上げる余裕はほとんどない。
副操縦士になってしばらくたった頃、だいぶ仕事にも慣れてきて星を見る余裕が出てきた。コックピットで星座が話題になった。花より団子の僕は、星座はオリオン座くらいしか知らない。
するとその時の機長に
「お前、パイロットなのに星座が分からないのか」と軽くバカにされた。「非常時にどうやって飛ぶんだよ」と薄笑いで言われる。非常時とは、飛行機のモニターが壊れたとか、航法機器が壊れて、自分の機体の位置がわからなくなったことを想定している。
これは副操縦士なら痛いほど分かる。業界あるある、機長あるある。いるんです、こういう機長。そんな事知らなくて良いだろう、と思う細かーい事も、「パイロットだったらここまで知っているべきだろう」と言いながらマウントを取ってくる。自分の知識を不必要にひけらかす。俺はここまで知っているんだ、お前はプロ意識が足りないと言いたいらしい。
自分が機長になった今なら言えるけど、今のパイロットにそんな知識はいらない。パイロット関係の教科書にも乗っていないし、口述試験でも聞かれたことがない。多分、彼以外のパイロットで星に興味ある人はそんなにはいない。確かに大昔の船は、星を頼りに航海をした。その考えが飛行機にもあって、夜間で地表が見えない時は星を頼りに方角を決定しましょうという考え方があるにはある。でも、星座で方角を決定する前に、コックピットには方位磁針がついている。それで飛べば良いじゃない。
これは機長になってからの話だが、東か西かどっちかの方角に、なんとか流星群が見えるよって日があった。ロマンチックなCAさんが「みんなで見に行きましょうよ」って言うので、仕事終わりにみんなで河原にいったけど、曇りで全く星が見えなかった。
次の日も同じクルーで夜間のフライトだった。特にこれといって揺れることのない、平穏なフライトだったが、僕の目の前をいきなり大きな流れ星が通過した。地上で流れ星を見ると、目の端に見えたか見えないか程度で消えてしまうものだけど、それ時の流れ星は、目の前を左上の視界の端から右下の視界の端まで、手を斜めに大きく広げたようなスケールで、ズバッと流れた。それは流れ星というような生やさしいものではなく、日本刀で袈裟懸けに斜めに切りつけられたような衝撃だった。
「うわ、なんだこれ」
「は?」
「今の見た?」
「いえ」
コパイはよそ見をして気が付かなかったようだ。それくらい一瞬の出来事だった
美しくて感動というよりは、びっくりして怖さすら感じた。超常現象と言っても良いかもしれない。ひとりで「うわ〜すげーの見た」とつぶやきながら着陸したけど、誰かに話したくて仕方ない。そこで昨日星を見ようといったCAさんに「今、すごい大きい流れ星が見えたんですよ〜」と報告したのだけど、「ああ、そうですか。はいはい」と流されてしまった。ごめんなさい。タイミングが悪かったね。
飛行機が到着してから出発する間は、実はとても忙しい。すぐに次のお客様を受け入れる体制を作らなくてはいけないので、CAさんは特に忙しい。
それで、おっさん機長は、仕方なく帰ってから妻に話すのである。
「すっごいでかい流れ星を見たよ」
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