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20230617

 諸般の諸々を終えて帰宅。帰宅して、今日も体力の温存が必要だという事で、昼食を済ませて、狭い、暑い部屋のカーテンを閉めて、部屋を暗くして休んだ。
 カーテンを閉めて、部屋を暗くしたのだけれど、睡眠不足では在れど、昼間から熟睡なんて出来たものでは無くて、一時間と少しで目を覚ました。
 それでも、少し位は体力の温存になっただろうと。

 今日は、ソウル・フラワー・ユニオン結成30周年ツアー、夏篇を拝見に、京都は磔磔へと伺う予定になっている。
 妙に時間が余ってしまって、家でゴロゴロしながら、日頃、滅多に利用しないYou tubeなんかを垂れ流して、ダラダラと眺めていたけれど、なかなかの面白さにYou tubeも悪く無いと思った。

 何処かに出掛ける時、いつも思うことは同じで、今日こそはバタバタせずに目的地や会場に向かう事が出来れば良いなと。
 それが、ここ最近、バタバタさ加減が半端無いので、今日こそはと何度も思って、何なら、少し時間が余って、少々手持ち無沙汰になる位の加減が良いだろうと、段取りを始めたのは15:00を過ぎた頃。
 今日は、きちんと出発する時間から遡って計算して、段取りを始める事が出来て、この年齢になっても少しは成長したなと思った。そんな心意気と行動がずっと続けば良いのだけれど。

 自宅の最寄りの駅まで自転車で向かって、駐輪場に自転車を預けて、駅まで向かう。
 時間に余裕がある、というのは、気持ちにも余裕がある様な気がする。駅に到着して、電車を待つ間、書き物など。程なく電車がやって来て、乗って、特急電車の接続駅まで。ここから各停になる準急で京都河原町方面へと向かっても良かったけれど、あまり調子に乗ると、到着時間がギリギリになってしまうかも知れない、と思うと、選択肢は特急電車しか残って無い様な気になって、特急電車を待った。

車庫に入る回送電車。車体に反射する光。

 特急電車に乗って、道中の写真、車窓からの眺めを携帯電話のカメラに収めていると、家を出発するまで充電器に置いていた筈なのに、電池がかなり減っている事に気が付いた。使うのが電話のみなら、家に帰る迄、電池は持ちそうだけれど、カメラやインターネットを駆使すると、電池は持たないなと思った。

車窓から。

 電池が無くなってしまった時は無くなった時。と思いつつも、何かそれでは寂しい様な気もして、鞄の中に電源ケーブルや予備のバッテリーを探そうとするも、鞄の中に入れた記憶も無く、常備をしている訳では無いので、見当たる筈も無い。乾電池の充電器と電源のケーブルが増えるのはこんな時だといつも「備えあれば憂いなし」というフレーズが頭に浮んだ。

 乗った電車が烏丸駅に到着して、最近は進行方向に向かって前の方(東口になるのでしょうか)にも出口がある事を知って、そちらから出ると磔磔により近いという事を意識する様になって、磔磔に伺う時はそちらから。

 電車を降りて、改札口を出て、コンビニエンスストアで、乾電池で充電で出来るケーブルとセットになった充電器を買った。
 非接触の充電器はこんな事があるのかと(後で調べてみると、ボデーが熱くなると、充電が停止するとの事です)。ならばケーブルをきちんと接続しておくべきだった。後悔は先には立たない。 コンビニエンスストアで、殻を取ってもらって、充電器に携帯電話を繋いで、充電の開始。ポケットに充電器を突っ込んで、一路、京都は磔磔まで。

四条通り?

 余裕のあったつもりの時間は、開場の10分程前となって、余裕を持ったつもりでも、全くとは言わないまでも、余裕というものは無くなっていた。

左側の駐車場。今から数十年前、初めて磔磔に伺うという時に、係員の人に、その道程を尋ねた記憶が。

 開場前に到着すると、まず、人の多さに驚いた。と、同時に、この違和感は何だろうと思って考えてみると、入り口に向かって右側にカーポートが建てられていて、磔磔の前の駐車場が全面青空だったのが、そうで無くなっていた。物販や手荷物預かりの場所になるのかな、等々と考える。しかし人が多いと思いながら。
 チケットの券面には自由席と書いてあったので、きっと椅子は用意されるだろうと思っていると、開場前のアナウンスでは、オールスタンディングとの事で、チケットが売れて、そうなったのなら喜ばしい限りだと思った。

 やがて開場の時間がやって来て、中に入る。磔磔にも色々な表情があるものだ、と思いながら、オールスタンディングの会場に入って、中程より少し下手側の場所に佇む事にした。

磔磔名物。

 開場から開演までの30分。どんどん人が増えて、居場所が無くなりはしないだろうかと思いながら、ビールなど嗜んだ。
 開演が近付くにつれて、どんどん人が増えて、もう半歩位前にとの事がアナウンスされて、こんなに人が増えるとは、正直なところ思って無かった。コロナ禍過ぎて、という趣だろうか。
 新型コロナウイルスは無くなった訳では無いけれど、人が集まれる様になって良かったと思う。  
 開場から開演までの30分はアッという間に過ぎた。

 会場が暗転して、待っていたのは、この瞬間だといつも思っている。「アイラー・チンドン」が出囃子で流れると、気分が上がった。流れる出囃子から、メロディーラインを口ずさんで、のっけからシンガロング。マスクを着用しているので大丈夫。
 から一曲目は「ハビタブル・ゾーン」、諸般の諸々に向かう時に、仕込んだiPodからの一曲目がこの曲で、朝の景気付けの場面を思い出しながら、歌って踊る。それから大熊ワタルさんが登場して、2曲目「ロンドン・デリー」久方振りに大熊さんのクラリネットやソプラノのサキソフォンが入るソウル・フラワー・ユニオンを拝見する気がする。
 そして「キラー・ディラー」だったかインスト曲と続いた。やはり管楽器が入ると、メロディーラインに厚みが出るなと、シンガロングしながら踊りながら、音に唸った。第一部は、先日LPがリリースされた、中川さんのソロプロジェクト、ソウルシャリスト・エスケイプのアルバム「ロスト・ホームランド」の曲が多めで、アルバムがリリースされた1998年当時、あれがもう25年前になるのか、とか思いながら爆音に耳を澄ませた。
 それから印象深かったのが、YMOのカバーの「ファイアー・クラッカー」。テクノの曲でも、演奏すればソウル・フラワー・ユニオンの曲にするのは腕だと思った。
 ソウルシャリスト・エスケイプの曲が沢山演奏された、という印象の一部が終わって、二部を待つ間、場所に鞄を預けて、煙草を嗜みに外に出たり、用を足しに行ったり、ビールを頼んだりして時間を過ごした。

 アッという間に時間が過ぎて、二部。「レヴェラーズの入場」が出囃子で流れて、パーカッションの音が流れて来ると「グラウンド・ゼロ」が。ジャラさんと阿部さんのリズムセクションが何とも。プレシジョン・ベースのスラップの重さに唸らされた。
 普段のライブよりもカバー曲が多く思えた「結成30周年ツアー・夏篇」ライブが進むに連れて、爆音さ加減も増した気がして、時折、大熊さんのクラリネットの音が耳に突き刺さって、それがまた興奮を呼び込んだ。これは東京公演も拝見せねば、と。伺えるかどうかは判らないけれど。

 ソウル・フラワー・ユニオン結成30年おめでとうございます。
 マスク越しではあるけれど、久々にシンガロンで踊って、踊った夜をありがとうございました。



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