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20240407
朝7:00頃の起床。なかなか追い付かないあれやこれやもして、主に書き物をする一日にしようと考えた。
それから今日は、京都にあるライブハウス、磔磔の50周年をお祝いする、くるりのライブの二日目に伺う運びとなっていて、それに向けて過ごす事とした。
朝食を経て、今日は、住む街の市議会議員の補欠選挙があるので、投票権を行使に、自宅から近い、通っていた小学校に足を運んだ。
向かう途中、壁の向こうの小学校の裏庭には、今年の桜は咲くのが少し遅くて、4月も半ばに掛ろうとしている時に満開で、春という気分になった。
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最近の小学校の警備の厳しさよと思いながら、正門から入って、ひと昔前、投票所は体育館だったのに、低い投票率を反映してか、余った教室を流用した交流室の様な部屋に変わっていて、投票に来る度にどうにかならないものか、投票率と思うようになる。
投票所のある交流室に向かうには、校舎の中に入って廊下を進んで行かねばならず、学校の廊下を土足で通るのも少し抵抗があったけれど、それはそれで仕方が無いと思いながら。
廊下の床のコンクリートのタイルが懐かしいと思いながら、一つ向こうの校舎まで。
向かう途中、廊下の端に、各種フライヤーを置いているラックがあって、目をやると、保護者の人たちに向けたものだろうか、街の中心部で行われる落語会の案内やら、博物館で行われる催し物の案内、各種生活相談の案内まで収められていて、自分が小学生だった頃はこんなラックがあったのだろうかと、思い出そうとするも、全く記憶に在らず。近年になってからだろうか。
自分が小学校に通っていた頃と比べると、人々の暮らしに(善かれ悪かれ)幅が広くなって、その幅に対応するかの様だった。生活に困窮する人が、このラックの案内で、少しでも楽になれば良いのだけれどと思いながら、並びを眺めた。
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そして、一つ目の校舎を抜けて、運動場を右手に、左手には給食室があって、まだここで調理が行われているのか気になりつつ。アルマイトの食器や市内にあった乳業者の牛乳瓶の頭に被せられたキャップと、薄い紫色のビニールを不意に思い出したりする。
小学校を卒業して、何十年か経って、学校の給食も随分様変わりしただろうと思うと、自分の年齢を考えずには居られなかった。そんな事を考えていると、自分の年齢を思うに当たって、色々な場所に色々な鏡が在るものだなとも思う。
そうして、投票所の交流室へと入ると、所狭しと、投票箱と立会人が並んで、受付を済ませて、この人にという立候補者は居なかったけれど、自分の考えが一番近い人に投票して、投票済証明書をもらって交流室を後にした。
自分が小学校に通っていた時とは、校舎の耐震工事が追加で施された位で、あまり様変わりしている様には思えなかったのだけれど、子供の数が減少して、学級数も減ってしまって、伽藍としている教室もあったりするのだろうなと思いながら、遠くなってしまった昔に通っていた頃も思い出しながら、小学校を出た。
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行き掛けと同じく、小学校の庭に咲く桜を堪能して一旦帰宅する。
自宅に居るとだらだらと過ごしてしまうのが慣例となりつつあって、少し不味さを感じているので、早々に何処か、書き物の出来る様な場所に逃避しようと思い、思い付いたのが近所の外食産業が集まった商業施設。
夕方に自宅を出発するまで、時間に余裕があるので、自転車を漕いで向かって、そこで時間を過ごす事にした。
良い天気。
お店の前の駐輪場は自転車で賑わっていて、この辺りの住宅事情を反映している様な気がした。
昔からの喫茶店を模した様な店内、日曜日の朝とお昼との間。少し遅めの朝食を摂りに来ている家族や、自分と同じ様に、何か仕事や書き物にやってきて居る人もちらほら見受けられたりする。
こんな所まで仕事を持って来ている人も大変だなと思ったのと、自宅の散らかりっぱなしの部屋を書斎の様にならないものかと考えながら。
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窓際の机がある席に座る事が出来たので、そこに座って、鞄の中から手帳の様なものを取り出して机の上に置いた。そして昨日の頁を開いて、昨日の事を書くべく、紙にシャーペンを走らせた。
昨日はどんな1日だったのだろうかと振り返りながら。そして今日のこれ迄と、書いて、キリの良い所で持ち運びの出来るワードプロフェッサー代わりのノート型コンピュターを取り出して、机の上に開けた。
開けると、勝手に電源が入るタイプのノート型で、持ち運びをしていると、いつの間にやら蓋が開いた様な状態となって、いつの間にやら電源が入っている時がある。
そんな時は何を作業して居る訳でも無いので、電池の消耗はそんなに激しくは無いのだけれど、いい気はしない。
やはり電源ボタンを押して、コンピューターを立ち上げたいと思い、コンピューターを手に入れた当時、インターネットを調べて、色々な手段を試みてみるも上手く行かないので、結局購入時のまま、今も何かの拍子に蓋が開いた状態になったりすると、勝手に電源が立ち上がっていたりする。
今日の場合は、前に使っていた時から、きちんと電源が落ちていて、起動音が鳴って普通に立ち上がってくれた。
そうして、キーボードを叩いて出任せに文字の羅列など。
日記の様なものを書こうという日の事は案外覚えているものだなと、感心しながら。
そうしていると、この景色はいつかどこかで見た事ある。という光景に出会す事になった。それはタイピング合戦が繰り広げられた、3月の新幹線の車内の出来事で、まさか自分がそんな事に巻き込まれる事になろうとは。
手帳にシャープペンシルを走らせている間は良かったけれど、コンピューターのキーボードを叩き始めた時に、何やら少し圧の掛かった様な視線を感じて、辺りを見回してみると、斜め後ろに座ってた、先ほどからノートパソコンを開けて何やら作業をしていた、妙齢の男性からの圧だった。
何の気無しにキーボードを叩いていると、圧が掛かったという事になるのか。人のタイピングの事なんて人それぞれだと思いながら、作業を続けていると、妙齢の男性はノートパソコンを畳んで、会計を済ませてお店を出て行った。
日曜日、真昼の喫茶店の中での出来事。
そうしている間に何となく、書き物もキリの良い所がやって来て、お店を出る事にして、会計を済ませて外に。
気が付くと随分と時間が経ってしまっていて、お昼はとっくに過ぎた様な時間となっていた。
お昼ご飯は何にしようかと迷う事も無く、いつだったかと同じく、同じ敷地内にある牛丼屋さんに入った。ピークも過ぎてお客さんが少ないだろうと思っていたら、そこそこの人が居て、このお店はいつもこんな具合にお客さんが居るのだろうかと。
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自分の注文した昼食が、ここに書くのも憚られる位、年齢に沿わない様なものなのが悲しい。こんな場面で選ぶものが、煮魚とか焼き魚とか選べれば良いのだけれど、そんないい塩梅の定食屋さんでの品書きにある様な、渋いものは自分の口には合わないらしく、食に関して持つコンプレックスがどうにかならないものかと思うのだけれど。仕方無いという事にしておく。
食べた量も若者が食べる位に設定されたメニューを頼んだので、お腹を一杯にして一旦帰宅。
帰宅してから、する事はひとつ。歯を磨く。磨き終えて横になっていると、襲って来るのが睡魔。睡魔に任せて昼寝に興じているといつの間にか時間が経っていて、自宅を出て、京都に向かうには丁度良い時間になっていた。
身支度をして、家を出発したのは16:00を少し過ぎた頃で、このまま順調に向かう事が出来れば、開場の時間には間に合うだろうと、電話の地図で指南される事も無く、確信が出来る様になった。
例の如く。自転車を漕いで駐輪場に向かって、歩いて駅まで。各停に乗って、特急に乗換える駅まで。そこから先は特急電車で烏丸駅まで。今日は日曜日なので、準特急電車は走っておらず。桂駅で待避する準急電車を横目に、桂川を渡って西京極駅を過ぎて、烏丸駅。という具合に。
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物販は15:30から始まるらしい、という話をインターネットの情報で知って、昨日から続く、くるりの磔磔50周年記念ライブでもあったので、昨日、大阪は十三にある映画館、第七藝術劇場にて、前日の伊予市駅での出来事がこの映画を見ると、腑に落ちる事があるかも知れないと思い拝見した「フジヤマコットントン」、十三からの映画の帰り道、ぼんやりとした答えが出た様な出ない様な気分と、働くとは一体何だろう等々、映画を見て湧き出て来た思いと共に、先に買っておいたので、今日は特に急ぐ必要も無いだろうと。
そんな気分で烏丸駅の東改札口から出て、15番出口から地上に上がって、高倉通を南に。仏光寺通に突き当たると、東に向かって歩いて、佛光寺があって、塀の瓦の向こう側に桜が満開で春だなと改めて。
ほんの暫く歩いた後、右手を見てみると、京都磔磔(50周年おめでとうございます)開場前とあって、お店の前に凄い人だかり。
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程なくして開場が始まって、さて今日はどんなライブが拝見出来るのだろうかと胸を弾ませて、自分の持っているチケットの番号が呼ばれるのを待つ事数分。
番号が呼ばれて、ドリンク代を支払って、缶ビールを一本嗜もうと思いビールを取ってステージ全体が見渡せる様な場所に向かって、そこを自分の場所とした。
ステージのバックドロップに目をやると、出演するアーティストのサインが増えていて、賑やかになっていて、記されたサインの演者さんが凄過ぎて、これもこれからずっと続いて欲しいライブハウスの底力と思った。
そうして、開演時間までの間、スマートフォンにて、遅々として進まない書き物などをして時間を過して。どんどん人が中に入って来て、前に一歩詰めて下さいとの依頼もあったりして、少し前に詰めたりする。
そうして18:00を迎えて、あの階段からくるりが。先日拝見した「純情息子」のイベント以来。今日はどんな曲が演奏されるのだろうと胸を弾ませる。
一曲目がアルバム「感覚は道標」から、アルバムでも一曲目だった「happy turn」からだった。よく考えてみると、このメンバーで演奏される「happy tturn」を拝聴するのは初めてでは無いかと。アルバムとは違った感じがして、また良かった。
それから「i’m really sleepy」と続くと、これは「感覚は道標」アルバム再現ライブかと思っていたら、アルバムとは曲順が変わって、イントロのギターリフが印象的で、自動車を運転して、どこか遠くに行きたくなる様な「In Your Life」。と来て、曲順は違えど、全曲演奏されるのか、凄いなくるりと思いながら。
ステージがどんどん進んで、イントロのセカンド‧ラインの様なリズムで心を持って行かれて、サビの部分のキャッチーなメロディーと歌の意味をずっと考える「世界はこのまま変わらない」。
から、これもやはりイントロのギターリフの疾走感が堪らないのと、レコードでは岸田さんの歌にエフェクトの掛かり方か、歌を被せているのか、そんな音が心地よい「doraneco」と続いて、これはきっとアルバム「感覚は道標」の曲を全曲と思っていたら、ステージは急展開して、次に「愉快なピーナッツ」に続く。不意打ちを喰らった様な気分になった。のと、イントロのリズムが未だに上手く掴めないのも生で拝聴出来ると嬉しい。色々な事が混ざり合って、鳩が豆鉄砲を喰らうとか、そんな風な気持ちになっている間に「鍋の中のつみれ」に続いた。
それから岸田さんがバリトンギターに持ち替えると、どの曲が始まるのだろうと、何曲か候補を頭に思い浮かべてみる。今日は、まさかの「ハム食べたい」で「ワルツを踊れ」の頃を思い出す。
思い出していると、同じ「ワルツを踊れ」から「ハヴェルカ」。アルバムが発売になった頃を思い出しながら、そこから随分と時が経ったもんだなと、磔磔も50周年の中で色々な事があったのだろうなと思いながら拝聴。
それから更に「ブルー‧ラヴァー‧ブルー」へと続いて、これは「ワルツを踊れ」も全曲再現ライブかと思わせたけれど、次の曲はアルバム「天才の愛」から「渚」。
岸田さんがMCで、事前のリハーサルが無かった事を明かして、それが嘘の様にバンドが纏まっている様に思えて、凄いなくるりと思う。
そして、京都市バスの薄い緑色に濃い緑色のラインの入ったボデーを思い出して、停車している、人の乗降りの時に流れる、独特のメロディーが頭に過った、京都で聞く「京都の大学生」なかなかの雰囲気があって趣深く。から「感覚は道標」からの「Lv69」勢いの良さに意味深な歌詞で、考えさせられる事、色々。
前回に拝見した「純情息子」のイベントに続いて、今日もまさか聴けるとは思って無かった、キーボードの野崎さんの歌う「水中モーター」。拝見している雰囲気と曲が、これ以上は無いだろうと思える位に、曲とのっちさんがハマって、ひょっとすると「水中モーター」はのっちさんの為に書かれた曲ではないかと思わせる位の楽曲になっている様に思えた。
そこから「morning paper」に続いた所にグッとくるものあり。ライブで拝見する度にギター2本のハモリに唸らされるものがあって、今日も演奏されて嬉しかった。からの「朝」シリーズが続くのかと思わせた「クッドモーニング」曲は朝のバスターミナルの光景が歌われているのだけれど、新宿バスタ、夜行バスのが発車する時間帯のカオスさ加減が頭に過ぎる。
それから「虹」「錆びた線路際 涙枯れた六地蔵」というメロディーとフレーズが何故だか心に突き刺さって、薄い緑と濃い緑のライン、または、黄土色とエンジのボデーを思い出して、改めて京都に居る事を気付かせてもらう。
それから佐藤さんが5弦のベースに持ち帰ると、ここでまさかの「Tokyo O.P.」と思ったけれど「琥珀色の街 上海蟹の朝」タイトルは上海だけれど、何故だか台湾は高雄の夜市に行きたくなるも、円安でなかなか行こうと言う気になれない現実の中に居る事を思い出して、本編は大団円。
それからアンコールを求めると、岸田さんと佐藤さんのお二人で「キャメル」からメンバー全員が揃って「California Coconuts」いつか自分も身体が言う事を聞かなくなったり、居なくなったりする日を思って、過ぎていく毎日の事を思いながら拝聴すると、すこしほっこりとした気分にもなって、最後の「潮風のアリア」で海沿いの街に行きたくなって、気持ちが海沿いのどこか、遠くに持って行かれた。
これで終わりかと思っていたら、お客さんが、更にアンコールを求める。求める拍手は終わりそうな気配も無く、暫く経って、くるりがステージに戻って来た時には少しグッと来るものがあった。
岸田さんの缶ビールが持っていて、それが完全に番外であった事を物語っている気がした。
最後の最後に「ブレーメン」で大団円。今日来る事が出来て、私は幸せ者だなと何度と無く思いながら。
良い夜を、くるりと共に磔磔50周年をお祝い出来て嬉しい夜でもありました。ありがとうございました。また伺います。
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