ひとひとり暮らし

ひとり暮らしが長いので、実家暮らしの友人に「ひとりで暮らしていてさみしくない?」と聞かれることがある。逆に聞きたいのだが、そんなに人と一緒にいてさみしくはないのだろうか。近すぎる距離に、息が苦しくなるようなことは? ないのだろうか。どんなに好きなひとでも、毎日そばにいれば重力のバランスがとれなくなりそうでこわい。好きなひとを好きでなくなるときの、風がふいて乾いた音が鳴るようなそれを、空気が揺れる前から怖がっているようなところがある。それでも、わたしだけが、ひとつの星のなかの、できるだけ広い空間を求めてあえいでるのだとしたら、こんなにさみしいことはない。

はつゆきの降った日の朝の、カーテンのしろさ。まるい虹色の玉は、玄関の覗き穴からさしてくる光だろうか。庭に植わる木の名前が金木犀だということを、ネットコラムで知る。そんなやさしい発見のある朝には、誰にも何も教えずに、前日に買ったしょっぱいパンを齧っていたい。音楽がかからないときには、物もぴかぴか語りかけてくるので、それを黙って聴いていればいい。ここはとてもしずかだが、もっとしずかなところに行きたい。耳を澄ますと、遠くで車輪が鳴っている。

粗末な朝食を済まし、思えば遠いところまできたものだなどとひとりごちるのは、味わいがあっていいことだ。iPhoneが机の上で振動している。この部屋に朝がきたということは、あなたにも朝がきたということなんだ。今のわたしにわかることは、この気づきが胸にやさしいうちは、ひとりの夜も幸せにはちがいないということだけ。

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