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ファレルのヴィトン

ファレル・ウィリアムスがルイ・ヴィトンのメンズ衣料のクリエイティブ・ディレクターに就任したと知って、できなくはないだろうが何を打ち出してくるのだろうかと関心を持っていた。

僕はヴィトンには大して興味はない。
ただ急逝した前任のヴァージル・アブローを拾い上げてより多くの新しい顧客を集めた手腕には感服せざるを得なかった。
そしてデザイナーだったヴァージルとファレルではやるべきことがまったく違ってもくる。
何が起きようとしているのか、気にならない方が無理というもの。

建築を専門にしていたヴァージルならば、肩パッドの復活(あのバブル期以来!)に明らかな構築的な傾向が見え始めたファッションのトレンドにも充分対応できただろうが、ファレルは?となると本当にわからない。

で、日本人による解説付きのこのランウェイショーを視てみたのだが、これまでなかったカラフルなダミエなどはコメント通りに大人気になるだろうと確かに感じるが、ストリートからドレスに回帰していくトレンドがはっきりした時にどう出るのか、まだまだわからない。

大ヒット曲『ハッピー』にも通じる、人を喜ばせるのが何よりも好きなファレルらしさは感じられるが、ファッションのクリエイティブという意味ではどうなのか。論評する側もまだ手探りのようにも感じる。
嫌われる人ではないから、誰もが期待し応援もする。
しかしディレクターとしての手腕はやっぱり未知数。

ただそうやって多くの人たちから興味をひかせるのがファレルの役割なのだとするならば、LBMHコングロマリットの全般に大して関心のない僕の気をそぞろにさせているのだから既に大成功と言える。

ヴィトンは元々鞄屋さんでファッションに踏み込んできたのはLBMHグループの優れた見通しによる戦略なのだろう。
相前後して同じような動きがあった。

しかし、ヴィトンが腕時計に参入した件については未だ成功が見えないと感じる。

LBMHの向こうを張るブルガリが、ロイヤルオークやノーチラスなどの設計を手がけた天才時計師と呼ばれたジェラルド・ジェンタを一本釣りにしたりダニエル・ロートをブランドごと買収したのは、その後の動向を見続けていたなら流石にその出自がジュエラーだったから可能だったのだとつくづく感じる。

おそらくはNYのハリー・ウィンストンあたりへの対抗策だったと思われるが、スイスの時計ブランドでジュエラーを兼ねているのはピアジェやショパールなど幾多もある。
誰もが認める時計界のトップであるパテック・フィリップだってジュエラーとしても一流。
そもそも仏のカルティエが腕時計を発明したくらい両者の関係は深いが、鞄屋のヴィトンが一から時計に手を出してもマニアや関係者の見る目は厳しい。

ブルガリだって、わざわざスイスに新しい工房をつくってまでして、ジェンタを象徴するオクタゴンをアイコンとした意匠を引き継ぎながら、同時に複雑機構の時計を毎年のように発表し続けてようやく認められてきつつあるようなもので、グッチの時計が相手にもされない世界での挑戦はなかなか手強いはず。
タンブールという名称のあの鈍臭いカタチに拘る理由もよく理解できない。

馬具屋から始まったあのエルメスだって、時計部門はずっと弱かった。
最近力を入れ始めているが、同じ値段を出すならスイスの時計屋のものを選ぶ人は多いはず。

ファッションと同じく先が読めないところにLBMHらしさは感じるが、セラミックを使って新味を感じさせたシャネルのJ12あたりまで届けば大成功の部類なのは変わらないとも思う。

時計業界における評価とは、やはり機械としてきちんと作っていることが一番で、美の基準もそれに準じるところがある。

ウブロは素材使いで新味を出した。
これは工作精度が高くなったから可能になったもので、かつその全体をコントロールしていたのがスイス時計業界の第一人者であるジャン・クロード・ビバーだから誰しもが納得できたというところがある。

ガワだけ(文字盤やケースなど見た目の美しさ)でバカ売れしたフランク・ミュラーも、天才児と評判され著名ブランドからのスカウトを袖に振って若い頃から独立し、最初はコツコツと超複雑機構の時計をつくっていたからこその説得力があった。

アウトサイダー的に登場したリシャール・ミルは、機械もガワもすべてにおいて新しいものを突き抜けて高額な値札をつけて売り出して、富裕層の興をひいた。
(しかしどこのブランドが手がけてもうまくいかないフェラーリとのコラボ企画は、最薄を目指すあまりただ単に平べったく薄らデカいものとなって機械的にも見た目もよろしくなく、ちょっとボロを出した気がしている。)

タンブールは出た当初からダメな雰囲気が感じられ、巻き返すだけでも相当大変なことになっていて、従来のラグスポ路線をなぞるような新作もむしろよい出来ではあるがクリエイティブという意味ではなんだかな…と感じてしまう。
タンブールというカタチがねぇ…。


しかしまぁとりあえずファレルのヴィトンの最初のお披露目は大きくは外さなかった。
彼がかけているこれまで見たこともないサングラスがそれを端的に示していると僕は感じた。

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