イニシェリン島の精霊 感想

 気づけば半ば睨みつけるようにスクリーンを観ており、終わってどっと疲れが出た。お土産の鬱気分ともやもやを噛みしめながら帰路についた。帰ってきてからもずっとこの映画のことを考えているので良い映画なのだと思う。
 娯楽が氾濫する都会では誤魔化される紛れもない生の本質が、退屈な小島では剥き出しになって表れる。この島で生きていくのは、傷口を開いて凝視するのと似た痛みを伴う。
 生きてる者皆が抱えている人生と生活の矛盾に気づいたコルムはずっと鬱状態にあったようだ。人は人生に視野が寄りすぎて生活から足が離れると鬱にならざるを得ないように思う。
 コルムはこれまでの人生を無駄にしてきた(実際そんなことはないのだが、彼はそう思うフェーズにいる)後悔を、全部パードリックのせいにして当たることで、不甲斐ない己と向き合うことから逃れて精神を保とうとしている。鬱からの躁転状態になって、大胆な行動に出ているように思った。サポートできる家族もいないようで一人暴走して破綻した。
 コルムは今まで真に孤独と向き合ったことがなかったのだと思う。それは「退屈な」パードリックがいたから。それは本当はありがたいことでもある。コルムがこれから真に孤独と向き合い、そこから逆に人間的に開けていくフェーズに入ったらその有り難さにも気づくのだろう。
 コルムと同じような愚かさで同じ方向性の(もっとずっとカジュアルだが)道を辿ってきているので、この拒絶と孤独の先に開けてくる地平が何なのか、希望の兆すような答えが示されるのではないかと個人的には期待していたが、結局ただただ、わかんないよね、苦しいよね、でも生は続いていくよねってことが示されたように思う。それがそのまま自分より長く生きている監督の出した答えかと思うと、救いのなさに笑ってしまう。この先は自分で確かめるしかない。二人の横に並んで一緒に海を見ているようだ。

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