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ワイルド・ジャイブ

ガラス職人が作品に魂を吹き込むように。あるいは仏師が仏像を彫るときのように。私が大喜利でひとつの言葉にありったけの想いを乗せて回答することを同義と捉えていたら傲慢だったりするんだろうか。 

 言葉、というよりは単語か。こと大喜利に関して言えば、その奥行きに求めるものは意味よりももっと単純な外身の面白さでいいと信じています。文字の字体や響き、発音するときの口の動きに至るまで、その単語の意味を伴わない部分で他者の感情を揺さぶる行為はとても痛快なんですよ。

 平面の文字列を立体で捉える、みたいな喩え方をするとぼんやりとしてしまうけど、いざ口に出してみるとなんだか深みがあったりもするね。さては言ったもん勝ちだなこれ。奇術の初歩にありそうなトリックのようじゃないですか。

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 金塊のようにその単語の面白さが最高純度の物かどうかを判定して、「999.9」の刻印をしてやろうかとでもいうような究極の娯楽がこの度、ひとつのライブとして形を成すことになりました。 

 好機到来。私の人生最大の自慰行為がエンタメに昇華する瞬間が近付いてきています。単語と遊ぼう。遊ぶんだ村。

ずっとそう。今でも。

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