京極殿三國志(仮・3


私はーーーー
あの男の云う通り、己の夢の中だけで生きて居たいのか。
葛藤も混沌も無く、過去も未来も無いーーー
その日の事を思い出す度、己が凡て、否、世界凡てを信じられなくなった。
今更ではある。そしてーーーだから何だ、という開き直りさえ生じてくる。
私にだって‥‥腹が立つ事はあるのだ。


その後の展開は、関口を玩ぶかのように二転三転した。
呂布によって陶謙に譲られた徐州は攻められ、三兄弟は散り散りとなった。
いま、関羽・木場は曹操の元に捕われているらしい。
何が良かったのか堂島に気に入られたらしく、殺されもせずに優遇されて居ると云う事だ。
張飛・榎木津の行方はわからないが、あの男の事だから何処かで偉そうに笑っているという気がしないでもない。
関口自身は、数少ない仲間と共に袁紹の元に身を寄せていた。
其処此處で、何故か皆関口を頼る。
対人恐怖症を繕う事で精一杯であるというのに、面倒に巻き込まれ関口は只管(ひたすら)うんざりだった。大概バレそうなものだが、先入観とは誠に摩訶不思議である。
漢帝の血を引くという頼りないそれが、関口を関口以上足らしめているのだ。
だから、期待を裏切るのも悪いと長居も出来ない。
ーーーまるで漂う木片である。

関口は匿われている屋敷から、気分転換に散歩に出掛けた。
空を見上げればーーー蒼い其れは何処までも遠く。
山から下を見渡せばーーー大地の果てしなきを主張する。
『己には遥か過ぎる存在』
そう思うと関口はなぜか安堵し、柄になく人恋しくなった。

木場の堂々とした姿が側に無く、榎木津の躁的な騒がしさに困らされる事も無くーー関口は酷く淋しかった。
冗談から始まった仲といえど、やはり義兄弟という『呪』は確実に効いている。否、人情とか友情とか云うものは、そう云う理由など無くてもやはり在るーー関口は、そう思う自分を然程嫌いではなかった。

「関、いや兄者!」
そんな時、なんと関羽・木場が後ろから真っ赤な馬に乗って駆けて来た。
「だ、旦那‥‥?」
「‥‥なんでぇ、しょぼくれた顔しやがって。」
破顔しながら木場は言う。
「どうやって曹操の所から‥‥」
「まぁ話せば長い。とりあえず、曹操から頂いたこの赤兎馬で千里をかけたのよ。大した事じゃあねえ」
燃えるように赤い見事な馬である。
「ーーなんか、炬燵に乗ってるみたいだ」関口はボソリと呟きながらも、目の端を濡らした。
「うへえ」
その時崖から、凛々しいがちょっと寄り目の若者が馬に乗って駆け下りて来た。
男は馬から降りると、劉備と関羽に敬礼する。
「趙雲・鳥口、是非お仲間にしてください。頼みますようー、行くところが無いンすよぅ」
どうにも呆けた軽薄な男である。
実は趙雲と関口とは初対面では無かった。董卓討伐の折に知り合って、ウマがとても合ったのだ。
というか、気安く馴れ馴れしい鳥口に、関口は緊張と遠慮を感じる必要が無かったのである。
「うん、いいよ」
「あっさりだ‥‥」
木場は唸る。
「ーーーまぁ、こんなものだろウ」
榎木津が頷く。
「わぁ!」
三人は二メートルほど飛び退いた。
「て、てめぇ張飛、いつ現れやがった!いや、今まで関口放っておいて一体何処にーー」
「うふふ。お山の大将をしていたのだッ!お前こそ堂島に惚れたのかと、豆腐の神経回路を疑ったゾ!ははははは。」
快活に笑う榎木津の背後には、如何にも盗賊あがりといった風体の男たちが勢揃いしていた。
「「ウッス!」」全員が声を揃え挨拶する。
「‥‥とにかく榎さんも無事でよかった」
関口はせっかく湧き上がった再会の感動を混乱のために脇に除け、相変わらずボソリと言葉を発した。
そして榎木津の後ろに控える坊主刈りの男に気付く。
「自分は周倉・河原崎と申します。おおお、あなたが関羽・木場殿、お初にお目にかかります。そして嗚呼、劉備殿ですな!自分は勧善懲悪の為ならば何だってするのであります!」
ーーー矢鱈に熱い男である。
「おい、ボロ周。僕は誰だ?」
「神であります、張飛先生」
即答で真顔である。
「つまり、お前は神の居る軍で働くことになる。励め!そうだな、関!」
榎木津は関口の耳を引っ張った。
「‥‥ああ、是非‥頼むよ」
無事に兄弟が揃い、頼もしい仲間も増えた。
だがーーー何故か、劉備の疲労感は増した。
ーーー無理もない。


今度は劉表の元に身を寄せる事になった、漂う葦の如くの劉備達。
共に曹操軍と戦ったのはいいが、劉表家の面倒に巻き込まれ命も危うくなった関口は、新野という地に拠を置いた。
そこで、素晴らしく頭の切れる徐庶・増岡という男を仲間に得るのだが、曹操の奸計によりあっさり引き離されてしまう。

その別れの時、増岡は物凄い早口でこう言った。
「私とした事が忘れる所だった。天下の伏龍と称される孔明が、襄陽郊外の臥龍窟に居るらしい。天下の鬼才である鳳雛とは龐統・多々良をさし、伏龍とは孔明・中禅寺を云う。仲間にしたら幾ら君と云えど少しは楽になるのではないか。私が繋ぎをつけておこう」
それだけを一気に言うと、徐庶・増岡はさっさと馬を駆けて行ってしまった。
なんとも慌ただしい男である。

そうして、あまりに有名な『三顧の礼』が歴史の一ページに刻まれる事になるのである。



***

「‥‥はぁ」
三度目である。

関口の溜息がでは無く、「伏龍」と称される程の才を持った男、孔明・中禅寺の草庵へ訪ねて来た回数がである。
「ーーーったく、面倒臭え」
関羽・木場は面白くなさそうに舌打ちした。
張飛・榎木津に至っては門近くの木に登って、何やら奇声を発している。暇なのだ。

一度目の訪問。
玄関から出て来た従僕の姿に驚き、劉備は逃げ帰った。

心の準備を整え、覚悟を新たに訪れた二度目。
主が、憑き物落としの仕事で留守であると空振りに終わった。
ーーー「憑き物落とし?」
何だそれ?関口は首を傾げた。
そして、兎に角これが三度目の訪問である。

「ーーーまた、いらしたのですね」
従僕が水っぽい声を出した。
この男の顔を見るのもこれで三度目だった。出来ればあまり見たくない種類の顔である。
「マチコとでも呼んでください」
異相とでも云えばいいのだろうか。顎は無いに等しく、目は団栗の様にまん丸で、鼻がまた凄い。
佇まい自体が、獣のようにずんぐりしているのだ。
「‥‥えぇ?はぁ」
従僕であるならば、当然主は毎日幾度もこの姿を見ていることになる。
関口はなんとも余計なお世話ではあるが、訪ねるべき男の辛抱強さに感じ入った。初めての訪問の際に、見た途端に逃げ出した己を恥じ入るばかりである。

「お会いになるそうなのです」
「え」
関口は男の顔を見上げた。口の脇に水泡が生じている。
「劉備殿お一人でとの事なのです」
「あ、はあ‥‥」
何故か『京極堂』という木札の掛かった玄関から、関口は恐る恐る足を踏み入れた。

凄い本の数である。
草案は住居というよりは書庫の様で、とても薄暗い。
関口は中腰のまま、あたりの様子を落ち着かな気に窺った。

と、本に顔を向けたままの、痩せぎすの男が声を発した。
「三度も訪ねて来るとは、大概君もしつこいなぁ。ーーまぁ、取り敢えずは座ったらどうだい」
「あ、あなたが伏龍先生でーー」
座敷に座る着流しの男にようやく気付き、関口は発汗した。
「ふん」
ーーーまだ本から顔を上げない。
「‥‥わ、私は劉備・関口と申しまして、その、先生を推挙されまして、その、天下を安ずるべく民の為にお力を‥‥」
吃りながら、予め用意していた台詞を吐き出した。
「僕は面倒が嫌いなのだ。それに、君自身本当はどうだっていいんだろうに」冷徹な声が返って来る。
「‥‥うぅ」
関口が唸ると、その男ーーー伏龍は漸く顔を此方に向けた。
尖った顎に削げた頬。眼光は闇から発するように鋭いし、隈まであれば、眉間に縦皺が深々と刻まれている。
ーーー肺病持ちか死神だ。
関口は一目でそう思った。

「ーー劉備殿。僕の仕事は高いのだ。だが、君が僕の見定めた通りの人物ならば、手伝うのも悪くない」
口の端を歪ませ、伏龍、孔明・中禅寺は言った。どうやら微笑んだらしい。
「み、見定め‥‥?」
中禅寺がずいと、関口に身を寄せた。
「劉備殿、英雄は何事をも受け入れる器が必要だ。その重要性がわかるかね?」
訳が分からないながらも関口は首を縦に振る。既に中禅寺のペエスに呑まれている。
「ならば試させて頂く」
「え」
「君の器を僕が吟味して進ぜよう」

間抜けの様に、関口はポカリと口を開けた。


「‥‥あ、ひーー」
骨張った掌が、関口の股間を遠慮無しにまさぐる。
「ーー分身の感度が優れている。流石は英雄と名高い劉備殿」
中禅寺は舌と指を関口の後ろに這わせ、器を確認する。
「うむ。見事に穢れ無し。流石は英雄」
「ああっ、や、やめ、」
衣服一つ、声色一つ乱す事無く、中禅寺は関口の羞恥を更に煽る。
「だがこの狭さでは、天下を取るに足らぬ。僕の助力がーーああ、確かに必要らしい」
ぐちぐちと指で器を解し、香油らしき物がとろりと其処に垂らされる。
いきなり熱く、太い塊が器に打ち込まれた。
「ぐっーーーうわああああ」
物凄い激痛と圧迫感である。
「うっ、もう少し緩め‥‥そう、それでいいのだ関口君」
股間を上下に扱かれた所為で、器が自然に緩んだのだ。
「‥‥な、なんだってこんな、こんな」
顔を涙と汗まみれにして、関口は目前の凶相とも云うべき男を見た。
「ふふふーーー君は僕を軍師にしたいのだろう?これはね、通過儀礼なのだよ」
中禅寺は、リズミカルに腰を振りながら低く囁く。
「つ、通過、儀礼ーー?」
関口は喘ぎを洩らしつつ、中禅寺に問う。
「そう、まさに言葉の如くだ。そして、う、君の器は小さいからね。度々通過させないとならないようだ、くっ」
少しばかり声を掠らせ、中禅寺はにやりと笑った。

「ーー今から、僕は君の軍師だ。あぁ、後世では水魚の交わりとでも評される相性だな」
「あああっ」
「これから、宜しく頼むよ。英雄・関口君」


こうして、関口は地にその天才を轟かせる事になる軍師、孔明・中禅寺を仲間としたのである。

「さて、君の義兄弟にも挨拶しないとな」
情事後の草庵に招き入れられた張飛・榎木津と関羽・木場は、なにやら場の雰囲気に如何わしさと胡散臭さ、果ては淫靡さを感じた。
否、匂いまで青臭いというか‥‥
「コラァ!孔明、兄者に何をした!」
部屋の隅で膝を抱えて泣く劉備を見て、木場は怒鳴った。
「なに、ただの挨拶だ」しゃあしゃあと片眉を吊る。
「‥‥‥」
中禅寺の頭の上ら辺を無言で眇めていた榎木津は叫んだ。
「この僕が我慢していたというのにッ!関の処女がッ‼︎」
関口はいまだ泣きべそをかいている。

関口の尻が痛んで動けない為、その夜は仕方なく草庵で一夜を過ごした四人である。

「このスケベ鴉めッ!」
「ふん。既成事実は呪いより強いのですよ」
「‥‥気にくわねえ!」

「ーーーうぅ」

そして、あまりにごねる二人を煩がり、小狡い孔明が『天下三分の計』ならぬ、『関口三分の計』を提案するが、即座に劉備に却下されたのは云うまでも無い。そして、それまでもが孔明の策でもあった。
これこそがーーくどいようではあるが‥‥

歴史に名高い『三顧の礼』である。本当である。


智謀の士、孔明・中禅寺を得た劉備・関口。
これより『三国時代』が幕を開ける。
英雄の器が真実試されるのは、これからである。
ーーーー果して、劉備・関口は天下を取れるのか。


それは、歴史と彼自身の「器」が答えてくれるのだった。





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