見出し画像

Hifiman 『Arya』『He1000 V2』『HE1000 SE』『Susvara』 4機種比較レビュー

Arya(アリア、14万5200円)から、30万円台の2機種He1000 V2、HE1000SEを経て66万円のSusvara(サスバラ)へと、Hifiman(ハイファイマン)のヘッドホンを聴き比べていきます。各機はどのような音か?価格差を納得させるだけのサウンドの違いはあるか?あるとすればそれはどのようなものか。

結論からいうと、Aryaの時点でほとんど完璧な音が鳴ります。しかしサウンドの階段を上り、Susvaraに至ると、そこにはこの世の99%の人が聴くことなく一生を終える・・・オーディオファンでさえ体験することが少ないだろう「ハイエンドオーディオ」の音が待っていました。詳述していきます。

Arya

画像1

聴き始めてすぐ、「もうこれでいいじゃないか」「失敗したな。聴き比べという構成にしたけれど、これより上のサウンドを表現できるかな」と心配になりました。それほど完成度が高いサウンドです。

のびやかな高音、艶のある中域、タイトにきびきびと動く低音。透明度の高い音場にそれぞれの音が余裕をもって鳴ります。

特筆すべきは全帯域の解像度の高さ、そして音の分離の良さです。音の一つ一つがくっきりとかたどられ、スッと伸びたり、力強く跳ねたり、低くうねったりします。そして、それら同時に展開する音どうしに混在やもたれあいが一切ない。音色の描き分けも明瞭です。と同時に、音の出どころ、音像の表現に濃密なリアリティがある。各楽器がどこで鳴っているか、指さして特定できるほど精密な定位が音楽の臨場感を高めます。

近年の高級オーディオの中にはいたずらに解像度、分離の良さを追い求めるあまり、それぞれの音がバラバラに鳴り、どこかデジタル臭さ、「音楽でなく情報を聴いている」と感じさせるものがあります。

Aryaにはそれがありません。平面駆動型の特性を活かした解像度の高さ、分離の良さで驚かせつつ、ややコンパクトな音場に音像を精密に定位させる。音は一度ほぐれるからこそ、それが組織された際にハーモニーを生み、演奏者同士のグルーブを表現します。そのほぐれと統合のバランスが実にいい。

私はサッカーが好きなのですが、サッカーにおける優れたチームは、選手たちがグラウンドを広く使ってボールを回しつつ、いざ好機と見るや急激な集約を見せてゴールに襲いかかります。Aryaのサウンドはそれに似て、音を解像度高くときほぐし、それらを力強く再統合して、音楽の気持ちよさというゴールになだれ込ませます。分離と再結合、クールな描き分けと心躍らせる集約、この相反する二要素のバランスの良さが本機の特長といえると思います。海外オーディオ誌で「Musicality(音楽性)の高さ」を評価されるのも頷けます。音楽が大好きな人が作ったヘッドホンと感じます。

HE1000V2 HE1000SE

画像2

最初の十秒で笑ってしまいました。「もうこれ以上のサウンドはなくていいかも」と感じたAryaをあっさり超えてきたからです。
Aryaで感じた「音楽性の高さ」を土台に、すべてのサウンドが生々しさと厚みを獲得しています。特に影響があるのが中低域です。ここの力感が増すことで高音の伸びやかさも増し、音楽の旨味が全帯域に渡って倍増しました。

最大の進化ポイントは空間表現力でしょう。Aryaで舌を巻いた定位の良さがさらに推し進められ、HE1000は「音の移動」までありありと伝えます。

たとえばダフトパンク「マザーボード」。音場の中の比較的近く、上下でいうとやや下方でドラムスが音を刻みはじめます。一方、主旋律のシンセサイザーはその上方、客席でステージを見上げたあたりの位置でサウンドステージを展開します。弦楽器はそれより遠く、シンセサイザーの奥の配置。ここまではAryaでも聴けました。しかしHe1000では、その弦楽器がリスナーをめがけて飛んでくる「音の軌跡」まで表現します(シンセサイザーの後ろから「弧を描くように」飛んでくる)。

音の遠近、音の移動にはアーティストの意図が込められています。それぞれの音がマスキングされず描き分けられ、「楽器がどこにあるか分かる」が基礎。その上の世界にくると音の位置表現は「前提」となり、「配置された音がどう移動するか」の表現が表れてきます。音の表現が、定点観測的な静止画からダイナミックな移動を含むムービーに変わるとでもいえるでしょうか。HE1000はこの世界の入り口を示してくれます。

たとえば同曲(ダフトパンク「マザーボード」)で効果的な役割を果たしている「水が湧きたつような音」。

これは曲の冒頭から登場するのですが、3:40あたりで特徴的な移動を開始します。それまで陣取っていた「リスナーの耳の近く」を離れ、一度リスナーの体の下の方にくだると、次に泡立ち、逆巻くような音に変化しつつ「上に登って」いきます。その、水の気泡が体の両脇を通って上昇する表現が実にうまい。自分が深く暗い海の中に浮かび、水泡が自分の周りをぼこぼこと動いていく錯覚をまざまざと感じさせます。それが楽曲全体のコンセプトに深みと説得力を与えている。

これは平面磁界駆動型の特長と言える、微細な音へのレスポンスの良さと、精密な定位表現が進化したゆえに感じとれた世界でしょう。Appleで話題の「空間オーディオ」ですが、「それはもうここにあるよ」と言いたくなります。

画像3

ちなみにHE1000はV2とSEを聴きましたが、傾向・レベルにさほど違いはありません。V2の方がややウォームなサウンド、SEは音場の透明感に優越を感じる程度なので、お好みによって選ばれればいいと思います。問題は次のSusvaraです。AryaとHE1000の価格差(20万円強)を上回る価格差の66万円のヘッドホンですが、それに見合うサウンドの向上はありうるのでしょうか。

Susvara

画像4

不安は杞憂に終わりました。今回も一聴で違いが分かりました・・・その違いを二点に分けて述べつつ、私が思う「ハイエンドオーディオ」の定義にも触れていきます。

(1)空間表現のさらなる向上

HE1000で感銘を受けたダフトパンク「マザーボード」で聴き比べました。先ほど言及した水の表現に息を呑みます。HE1000では、Aryaの「音の位置感覚」に「水泡の音の上昇」という移動感が加わりました。水のサウンドがただ周りに配置されているだけでなく、体の下方から立ち上っていくようにデザインされていたことが分かったわけです。

しかしそれでもまだ精確ではありませんでした。というのはSusvaraで聴くと、この水のあぶくには「複数のサイズ」があり、しかもそれがただ下から上に上昇するだけでなく、リスナーを球のように包んで「収縮して」いることがわかったからです(耳を澄まさなくてもすぐにわかるレベルでした)。つまりリスナーは深海におり、周りを水のあぶくが立ち上っていくのですが、それは自分を円柱状に取り囲んでいるのではなく、球状に取り囲みながら上昇していたのです。

率直なところ、「一つの効果音にそこまでのサウンドデザインを施しているのか」と驚きました。「聴こえなかった音が聴こえる」はオーディオの楽しみの一つですが、ハイエンドの世界では音自体はもちろん、「音の移動のあり方」という、音にならない音まで掘り起こしてくれるようです。

「効果音一つにやけにこだわるな」と思われてしまいそうですが、その効果は絶大です。音楽には人を異世界・・・「マザーボード」の場合は深海の世界・・・に連れていく力がありますが、これは空間体験のリアリティがなければ絵空事になります。音のリアリティ、音の定位のリアリティ、そして音の移動のリアリティ・・・音楽の「没入感」「臨場感」を生み出すのが、音を成り立たせる「音にならない音」の表現に支えられていることがわかりました。ちなみにこの曲では遠く(この楽曲の中で空間的には最も遠く)からクジラの鳴き声のようなものが聴こえてきて、それも深海の臨場感を後押ししてくれます。

(2)音そのものの官能性

しかしこれだけ詳述したにもかかわらず、Susvaraの私にとっての強みは空間表現力ではありません。Susvaraの強みは音そのものの色気、官能性の表現にあると私は思います。それはサカナクション「夜の東側」を試聴した際に理解できました。私はサビでも転調部でもなく、つなぎに思っていた「シンバル中心のドラムソロ」(2分過ぎから始まります)に色気を感じてしまいました。

ここから先は音の質感の表現になるため、やや主観的な叙述になることをご容赦ください。というのも、先程述べた音の空間表現と違い、ドラムソロですから音の数も、定位も、移動感もHE1000と変わりはないのです。客観的には。

しかし何度聴き比べても、HE1000ではつなぎだったドラムソロがSusvaraでは引き込まれます。シンバルの金属の材質、表面の冷たい照りやドラムスティックの毛羽立ち、ドラマーの筋肉の収縮や呼吸まで伝わってくるようなサウンド。「割りが細かい」と言いますか、同じ音の分節が細かく、その分節の細かさによって生じた音のなめらかさや質感が色気、官能性を感じさせたと理解しています(不勉強ですがこの体験が初めてだったため、脳が追いついていません)。

ドラムソロでこうなのですから、ボーカルで何が起こるかはご想像にお任せします。人によっては不愉快な表現に思われるかもしれませんが、私は音楽を聴いてこれほどセクシーな気持ちになったことはありません。ボーカルの音像の中で、唇の動きが見て取れるのは当然。それどころか口腔の中の動きまで感じ取れるような・・・こうした表現を品を失わずできるよう精進しますが、これも先に述べた「音の分節の細かさによる、なめらかさ」が生み出しているのは確かでしょう。

私はボーナスのたびにちびちびとオーディオ機器を買い足し、自宅の据え置きシステムは総額で100万円を超えたあたりです(家族には総額を伝えていません)。好みを捉えた自慢のシステムですが、HE1000では「ウチのシステムと同等だな」と感じていたレベル感を、Susvaraでは大幅に超えられてしまいました(いいのですが・・・)。

一般に、ヘッドホンは据え置きオーディオの3倍のコストパフォーマンスを持つと言われます。その意味で、据え置きで200万円クラスのサウンドはこういうものなのか、「ハイエンド」の世界はこういうものなのか、と教えてくれたのがSusvaraだったと言えるでしょう。こうした世界を月額一万円以下で体験できるのはONZOのありがたいところです。

最後に冒頭の問いを回収して本稿を終わります。Arya、HE1000、Susvaraには、価格差に見合うだけのサウンドの納得感はあったか。

私の答えはイエスです。それどころか最上位のSusvaraを買ってしまおうとさえ考えています。オーディオ沼と言えばその通りですが、得られた満足度からコストパフォーマンスを考えた際、最高に得と感じたのはSusvaraでした。参りました。ご興味をお持ちの方はぜひお聴きになってみてください。ただし上流はなるだけいいものを!

(E.Y)