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STAX SR-L700MK2 SRM-500T 製品レビュー

 STAXのイヤースピーカーと最新の真空管式ドライバー・ユニットの組み合わせを聴いた。しかし試聴の初日、私は率直にいうとレビューを断ろうかと思った。「たしかにいい音だが、30万円を投じるに値するサウンドとは思えない。製品レビューで嘘をつきたくない」と思ったからだ。先に言うとそれは誤解だった。しかし同じ事態に陥る方もいそうに思われるため、誤解がとけた経緯もふくめてレビューを記す。
 
 最初の印象はこうだ。「音のセパレーションと解像度が高く、録音されたすべての要素を克明に描き出す再現力がある。ただ、音が無味乾燥で音楽にノレない」。よくいえばフラット、悪くいうと平板。オーディオには「埋もれていた音が聴こえる」喜びがあり、それは最初から味わえたが、描きだされた音に生命感がない。熱のこもった演奏を冷たい情報のように聴かせる。これがSTAXの方向なのか。かつて聴いたSR-009Sはこのような印象をもたらさなかった。ちなみにシステム上流はその時と同じBrooklyn DAC +(バランス接続)で、STAXの前段としても見劣りはしない。

 印象が激変したのは試聴三日目だった。「自分の耳が間違っている可能性も高い」と聴き続けた三日目、音が明らかに変わった。

 もともと最高度に明晰に描き分けられていた音に色彩感と温度が宿り、音楽が変質していた。指で拍子をとっているのを見てノッている自分に気づいた。驚いて全音源を聴き直す。錯覚ではない。適切な広さの音場に克明に配置・解像された音が、初日にはなかった弾みと生々しさを携えている。バラバラに散らばっていた音の粒子があちこちで立ち上がり、有機的に組み合わさって押し寄せてきていた。初日には心持ちピントの合っていなかった音像は実体感を増し、脳内で演奏者が目の前に立つ。

 特に絶品なのは弦楽器とヴォーカルだ。音の微弱な立ち上がり、そして音が収束する消え際の表現力。これはコンデンサー型であるがゆえの長所によるだろう。入力される静電力が振動膜の全面にほぼ均一に伝達するがゆえの、微細な電波の精確な拾い上げと歪みの少なさの恩恵。ヴァイオリンの音が弦を離れ空間に放たれる一瞬。歌い終えられたヴォーカルが空間に溶けていく最後の数瞬のグラデーション。音の立ち上がりと消滅の表現が音楽にいかに色つやを与えるかを、この機器は教えてくれる。時間を忘れる至福のオーディオ体験。この時間を好きな時に味わえるなら30万円は安いとさえ思う。

 この誤解がエージングにあったことは間違いない。その後も連日試聴をしたが、やはり鳴らし始めはどこか他人事のように鳴る。ただ、継続して30時間を鳴らしてからはそもそも出発点が高く、10分鳴らせば上述の音が出るようになった。この現象は試聴機が新品で、用いた真空管(6FQ7/6CG7)が「温まっていなかった」影響によるものと推測される(不勉強ながら、私は真空管のヘッドホンアンプを新品で聞いたことがなかった)。

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 当機を試聴される方が近い誤解をし、SR-L700MK2 + SRM-500Tの「まだ開いていない音」を実力と錯覚するのは防がれたい。気長にエージングの時間を楽しみ、このクラスのヘッドホン、そしてSTAXだけが実現する幸福な音の世界を楽しんでいただきたい。

ライター E.Y.