図1

旅の、のさりー授かりもの

 水俣の海は、ほんとうにきれいで穏やかだった。見ている限りでは、水俣病のことは浮かんでこなかった。それでも見渡すと、埋め立てられた海があり、底には水銀ヘドロが残ったままで、認定を受けた患者さんは現在も2,000人を超えている。

 きれいも穏やかも悲しみも苦しみもある、そのすべてが水俣だと思った。だからこそあの海をあのようにきれいだと感じたのだと思う。たとえようのない、いま、ここにしかないというような、そういうものが放つ、奥深く優しい輝き。

 わたしのなかにもそんなことがある。楽しい、嬉しい、満たされている、そんな感情がある一方で、つらい、苦しい、憂鬱というものもある。けれど、海にふたをしてしまうように、ネガティブな感情には見ぬふりをしたり、感じる前に避けたりしてしまう。そのことが、思ってもない言葉を発し、納得していない行動につながっていく。

 あの海を見て帰ってきたとき、ああ、ふたをするのはもうやめよう、ただそう、ふと思った。

●きむしずか

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