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【️報告】2024/4/21能登半島地震の様子

金沢の知人と一緒に、能登半島ぐるっと回って、元旦に発災した能登半島地震の被災地の様子を見てきました。
※以下、多くの写真がありますがショックを受けるものが多いかと思いますので、心身心配な方は閲覧控えることを推奨します。

朝7時半に金沢を出発し、
金沢〜のと里山海道経由で内灘町〜七尾市〜穴水町〜珠洲市〜いろいろ道をトライアンドエラーしながら輪島市〜志賀原発横目に見ながら金沢へ夜8時ごろ帰る、という長時間のドライブでした。
道中、連れてってくれた方にいろいろお話を聴きながらの一日でした。


金沢から能登に行く際の重要な道路は、「のと里山海道」です。
その名の通り、里山風景と日本海を眺めながら走る、無料の道路です。
かつては有料で10キロごとに料金所あったらしいが、20年前から無料になったのとのこと。

改めてまず強調したいのは、
上の写真を見ていただくとわかるように「渋滞」は一切起こっていません。
逆にこれでも混んでいる方だとか。
SNSで「渋滞しているから来ないでください」と言った方は現場を見て猛省していただきたい。

少しすると七尾と輪島・珠洲の分岐へ

ただ、少し走ると地震で道路がひび割れたり、コンクリートが剥がれて砂を敷いたりするところが多くなり、被災地に近づいているんだと実感しました。

のと里山海道を降り、日本海沿いに穴水町へ向かいました。瓦が崩れ傾いた家がそのままだったり、交差点にあった神社が倒壊していて本当に発災時からほとんど状態が変わっていないことを痛感しました。

9時半ごろ、道の駅穴水と、その向かいにある避難所兼災害ボランティアセンターとして使われている「穴水町さわやか交流館 プルート」へ。
道のわきに瓦礫が寄せられたまま、道路が隆起しひびが入ったまま、という光景がここからずっと続きました。

道の駅



少しお邪魔したら、全国から行政職員の方がいらっしゃっていました。
ボランティアはどうすればできるか、と聞いたらやはり「事前登録してから行ってください」との一点張り。

だから全然復旧が進まないんだなと融通の利かなさを改めて実感しました。
せっかく行こうと登録しても人数オーバーで断られつづけたら、そりゃ行く気なくなるでしょう。

また、Planet rock ツイキャスリスナーはおなじみの、クレアウィンフィルターが貼られた空気清浄機がバリバリ稼働してました。段ボールにフィルターを貼るだけで空気の入れ替えができ、また感染症予防にも貢献しています。市販のものと馬力が段違いです。本当に、全国からこのクレアさんのフィルター交換来ている人たちがいます。

そして能登町へ北上、ちだいさんのツイキャスで初めて知った、コロナの助成金を使って2020年に作られた「イカキング」へ向かいました。

コロナの時に作る必要あったか??としか思えませんでした

建物は新しく被害は受けてなかったのですが、手前の歩道、ステップは隆起してひび割れがありました。

やけにピカピカな建物と横たわるイカキングが現実と合わな過ぎてシュールで、悲しくなりました。そして珠洲市へ向けて北上、崩れたままの家が多くなってきました。

驚くのは、一番被害が大きい地域と珠洲は言われていますが、通り一本違っても全然同じエリアとは思えないほど、家や通りの状態が違っていたことです。海沿いに近いほど、状態がひどかったです。

珠洲市の学校を利用して、キッチンカーが出てにぎわっているところがあったので立ち寄りました。看護学生の方も待機していました。
珠洲市役所近くのお菓子屋さん「メルヘン日進堂」さんが知り合いのおすすめということで、大きいバームクーヘンを買いました。他のお菓子は品切れで持ってくることのことで繁盛していました。

ただ、一歩外出るとまだまだ瓦礫が撤去されず、地震が起こったままの姿の家屋が多いです。いつになったら処理されるのでしょうか。
ボランティア登録が漏れた人がどのくらいかわかりませんが、全員希望者行ってもらったらすぐ片付くのではないでしょうか。

支援の車もたまにすれ違うぐらい。どこが混雑?
電柱が傾いているところが多かった
物資届けた避難所になっている養護施設の隣が「赤:立ち入り禁止」の札が貼られていた。もともとはお土産屋さんなのだろうか

物資を届けたあと、輪島の朝市に向かいました。ただ、直線ルートの道路が行くたび封鎖されていたりして、なかなか横断する道路の復旧が進んでいないことを知りました。

途中まで行けそうかなと思ってたら、上の写真のように緊急車両のみ通行可能という状態です。連れてってくれた知人に聞いたら、元旦から変わらなかったり、かえって予想外でこうしたルートが封鎖されたりと、開通状態が読めないようです。

1時間半ぐらいトライアンドエラーで、市役所前に車を停め、歩いて朝市に向かいました。

建物の骨組みがそのまま、また元旦の夕方で多くの飲食店が営業していたことで、地震を引き金に火災の被害もありました。車の写真はそれがわかります。

このような光景がまだあることに呆然としました。金沢いるとわからないし、同じ時間が流れているとは思えません。

マンホールも浮き上がっていた

ただ、川沿いの道は数か月前は封鎖されていたが、今は通れるようになったそうです。少しづつ、前に進んでいるのだとは思います。

最後は、暗くなりつつありますが311以降稼働させていなかったため、原発事故にならなかった志賀原発そばを通過しました。

民家自体も、農地もあまりなく、生気がない印象でした。
志賀町は積極的に電気代無料を謳って企業誘致をしていたそうですがやはり金沢や中心部へのアクセスが不便なのもあり、次々と撤退したそうです。
珠洲市への原発建設計画が持ち上がった時、住民の猛烈な反対で回避されたのが、原発事故が起こらなかったことで本当によかったと思います。311が起こってもなお、原発を再稼働させようとするのは、経済効果を狙っているのでしょうか。維持するのも、事故が起こった後のリカバリの多大なるコストに比べたら費用対効果が高いとは思えません。再生可能エネルギーに切り替え、農地も作っていく、そして外モノ・若者を呼び込むことが大事だと思います。一部、東北の地域ではそのように少しづつ違う形でまちを盛り上げようという動きがあります。(以下リンクは「ポリタスTV」より)

https://www.youtube.com/watch?v=K4RSf_hSqlI

かなり金沢寄りの羽咋市には、日本共産党が立ち上げた、物資を届ける中継地・ボランティアしたい人・必要としている人をつなぐ支援センターができましたが、現状運営側も人が回っていないようです。

https://twitter.com/notosiensenta

石川県は知事が万博に予算をあげるほどポンコツだし、県選出の国会議員は立憲民主党の近藤和也議員除き、実質的な支援策を議論せずブルーインパルス飛ばせばいいんじゃないと放言する馬鹿しかいません。(以下、Yokoさんの動画)

県の方針が右往左往しているから、被災自治体のリーダーシップが取りづらい状態なのではないかと思いました。
明らか、311と比べて各自治体の発信・動きが不透明で全然見えてきません。

羽咋市はあまりにも珠洲や輪島からみると遠いので、支援センターは奥能登にもう一個つくって、そこにボランティアの人達を受け入れる体制を整備するのが必要ではと思いました。

能登半島を回って感じた問題点です。
・道路の検問は無駄に下道おろされたり、時間の無駄でしかなかった。
・3月16日の北陸新幹線延伸で「北陸応援割」が始まったが、一般の観光客にも適用されるため、金沢市内のホテルが高騰・予約が取れない状態。遠方からのボランティアは金沢をベースにすることが多いため、復興支援の人は別の特典を設けるべき
・県がいちいちボランティア登録を管理するコストが無駄すぎる。応募したのに人数オーバーで全員が行けないという、ナンセンスにもほどがある。
※311のときは、いちいち自治体がボランティア登録者を管理していなかった記憶がある(入る自治体の社協にも申し込んでいたか私は覚えてない。現地の知人に連絡取って行っただけ)
・だから一向に瓦礫がそのままで復旧が進まない。

また、時間が経って、今度は仲間も連れて能登に行こうと思っています。

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