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シニアマイスター 甲斐心也

シニアマイスターになるための「温泉に関するレポート」です。

大分県における「メタケイ酸を多量に含むナトリウム-塩化物泉」の研究
                   シニアマイスター 甲斐 心也

 我がふるさと大分県は、平成25年11月に「おんせん県おおいた」の登録商標出願が認められたが、温泉の源泉数、湧出量ともに日本一を誇り、泉質10種類(平成26年7月改定)のうち、「含よう素泉」「放射能泉」を除く8種類の泉質を有しており、質・量両面で「おんせん県」を標榜するにふさわしいといえよう。
 また大分県には、別府市の京都大学附属地球熱学研究施設や九州大学病院別府病院を始めとして、数多くの温泉研究施設があり、地球物理学・地球科学・医学・衛生学等の分野で世界的に先進的な研究が行われている。
昭和23年に「温泉法」が交付施行された際、県内の研究者・行政担当者などを会員とする「大分県温泉調査研究会」が発足し、定期的に「大分県温泉調査研究会報告」が刊行されている。本稿の執筆に当たり、この報告書で公表された研究論文および温泉分析書(平成17年4月~平成27年3月)を参考とした。
 本稿では「おんせん県おおいた」を代表する「メタケイ酸を多量に含むナトリウム-塩化物泉」を紹介するとともに、その一部にみられる「青湯」の生成メカニズムと分析書上の特徴について論述する。

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前記の分析書におけるメタケイ酸の含有量の第1位は、鉄輪温泉の共同浴場「渋の湯」の源泉で、温泉水1kg中に689mgを含有している。「温泉法」ではメタケイ酸を50mg以上含有で温泉と定義されており、いかにその含有量が多いかが伺えるであろう。しかも、この湯は竹製温泉冷却装置「湯雨竹」で冷まして供給されているため、加水による成分の希釈がほとんどなく、「石鹸のにおい」とも評される素晴らしい芳香に満ちた湯となっている。(表1)

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第2位、第3位も同じく鉄輪温泉の民宿「よしとみ荘」の684mg、貸間旅館「中野屋」の626mgである。こちらは立ち寄り湯営業をしておらず、入浴した経験はないが、是非一度その機会を得たいと思っている。

第4位は同じく鉄輪温泉の鬼山地獄の596mgである。ワニを飼育している地獄として有名だが、この湯は向かいの「鬼山ホテル」の大露天風呂で入浴できる。訪れた日はかなりの寒波の最中だったが、この広大な露天風呂を加温・循環なしの掛け流しで維持できているのが驚異的だ。源泉は81.0℃で、湧出量999L/分、明確な鉄輪出汁塩味とほのかな金気があり、湯口や底は褐色に染まっている。

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第5位は由布院温泉の旅館「庄屋の館」の597mgで、小春日和のうららかな陽ざしの中で、コバルトブルーの湯から立ち上る湯けむりが、由布岳を望む青空に映えて一幅の絵の様だ。湯はツルツル感が強く、わずかに塩味もある。

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第6位も由布院温泉の「ゆふいん泰葉」の567mgで、ここは浴槽が小さく、湯が新鮮なため、青湯といってもほんのり青いぐらいだが、ツルツル感のある感触は極上。清潔感にあふれ、落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと美肌の湯が味わえる。

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さて、今回とりあげた第5位、第6位の温泉は、「ナトリウム-塩化物泉」で青い色を呈するいわゆる「青湯」で、大分県では「表2」に掲げたものが知られているが、全国的にも数が少なく、非常に珍しい温泉である。

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          いちのいで会館

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          奥湯の郷 

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その生成のメカニズムは京都大学の大沢・由佐両先生によって解明されており、以下にそのポイントを引用する¹⁾。「(前略)何らかのコロイド粒子(無色)が温泉水中に存在することがあれば、同様な理由により、青色が観察されてもよいはずである。(中略)地熱井から噴出する熱水中のシリカは、地表に噴出した直後には、ほとんどすべてが単分子、いわゆるモノマーとして溶存している(H₄SiO₄)が、時間の経過とともに重合を行い(ポリマーの形成)、最終的にシリカスケールとして沈殿することが知られている。(中略)熱水中のシリカ粒子は、その成長過程で一時的にコロイドになっていることが示されているのは、注目すべき点である。水中でコロイド状シリカの合成実験を行ったところ、白濁した青色溶液が得られたことから、コロイドシリカが温泉水の呈色(青色)に関与している可能性は十分にあると考える。(中略)温泉水が青色を呈するための必要にして十分な条件は、高温熱水の流入による多量のモノマーシリカの供給、分子上のシリカが重合を行うための温泉水を貯水する地形の存在の他に、その貯水槽がコロイドシリカの滞留時間が十分となる物理化学的条件に置かれていることであると推察される。

ところで、前述の第1位から第4位までの温泉は、「メタケイ酸を多量に含むナトリウム-塩化物泉」であるが、いわゆる「青湯」ではなく、それはなぜかという疑問が湧く。筆者は科学的素養に乏しく、その解明は身に余るが、以下の推論を立ててみた。
「青湯」に共通するのは、空高く噴気をあげる自噴の噴気・沸騰泉であることだ。そのため、地上に湧出する際に急速に圧力が低下し、これがシリカの重合に作用しているのでないかと考えられる。もう一つの共通点は、液性がアルカリ性である点で、水素イオン濃度がシリカ粒子の成長に、何らかの作用を及ぼしていると考えられるのである。そして、「青湯」とならない第1位から第4位は、噴気・沸騰泉ではなく、弱酸性で、浴槽の容量が小さく、浴室に太陽光が差し込みにくい構造が影響していると考えられる。

最後に、メタケイ酸には次のような効能が知られている²⁾。「…美肌効果には共通する温泉の微量成分が関係していることがわかってきました。そのひとつが,半導体部品に使われるケイ素と酸素,水素の化合物であるメタケイ酸。コラーゲンの生成を助けて肌をみずみずしくしてくれる効果があります。そこに,肌をつるつるにする作用を持つカルシウムイオンが加わることで,表皮細胞の角質化が促進され,肌のセラミド(細胞間脂質)を整えてくれるというのです。」

いずれにせよ、別府八湯の鉄輪温泉、観海寺温泉および由布市の由布院温泉に存在する「メタケイ酸を多量に含むナトリウム-塩化物泉」は貴重な存在であり、その美肌効果と相まって、「おんせん県おおいた」の宝としてこれからも大事に守って行きたいものである。

参考文献
1) 大沢信二・由佐悠起:温泉の色について(青色温泉水の成因に関する一考察)、
大分県温泉調査研究会報告48号,43,46,1997.
2) 松田忠徳:知るほどハマル!温泉の科学 ~温泉の”癒し”にはワケがある
~ (知りたい!サイエンス)、技術評論社、2009

※別府八湯温泉本でも紹介されてます。

http://www.beppumuseum.jp/eou/onsenbon2015.pdf






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