山本秀久先生を悼む
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山本秀久先生を悼む

9月29日、自民党熊本県連会長を10年にわたって務められた元熊本県議会議員の山本秀久先生が逝去されました。享年85でした。

山本先生は私の師である蒲島知事を誕生させた立役者で、当時知事が自民党の推薦を受けずに戦いたいとの希望を出したときも、一言も言わずそれを受け入れられ、公認候補以上の扱いという言葉で支援されました。

そして、蒲島県政2期目が始まって間もなくして、知事が議会に提出した私の副知事人事議案を、「蒲島知事の人事なのだから認めるべきだ」と、賛否両論ある中で党内をまとめてお認めいただきました。山本先生がおられなければ、私も熊本で大きな仕事をすることはありませんでした。貴重な挑戦の機会を与えてくださった山本先生へのご恩は、一生忘れることはできません。

山本先生との思い出は、蒲島知事とともに、先生の地元の芦北町の風物詩、うたせ船に招待されたことです。当日は強風の中の船出で、普段は凪の穏やかな八代海が荒れに荒れていました。私などは船酔いしやすいほうなので、多くのゲストとともに気分が悪くなってデッキに寝転がっていましたが、蒲島知事は三半規管が異常に鈍いのか(笑)、出された足赤エビをおいしそうにムシャムシャと食べ、ビールもどんどん飲んでいました。山本先生は知事をお迎えするホストという手前、おそらくすごく気持ち悪かったのだと思いますが、気丈に船主近くのマストをつかみ立ちながら、遠くの方をずっと見続けておられました。そのお姿が「肥後もっこす」の山本先生を象徴的に表しているようで、その場面がとても印象に残っています。

ご自宅にお邪魔すると、奥様お手製のとてもおいしい梅干しとお茶を出してくださり、そしていつも厳しく政治家としての心構えを説かれました。多くの人が何度も次の言葉を聞いたことと思います。「欲と野心を持つな」。そして、「俺はいつ辞めてもいいんだ」とも。自民党県連会長という役職にありながら、全く欲を持つことなく、ひたすらに県民や地域の発展を考えて行動されてきたと思います。

私も、欲や野心を持たず、限られた能力ながら、どこまで国や地域のために貢献できるか考え、これからも山本先生の教えを胸に秘めながら進んでいきたいと思います。

最後に、山本秀久先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。芦北の美しい海から、日本の政治を見守ってください。


※写真は山本先生の地元、芦北町が誇る「うたせ船」。帆船で漁を行う伝統を、現在は観光資源として活用しています。帆を海風にはためかせて優雅に漁を行う姿は「海の貴婦人」と呼ばれています。

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1974年東京都目黒区生まれ。東京大学法学部卒業後、アクセンチュア株式会社、衆議院議員公設秘書等を経て、2008年熊本県政策調整参与、2012年、38歳で熊本県副知事に就任。2020年6月に退任。東京都知事選挙に出馬(4位、61万票)。現在、日本維新の会衆議院東京1区支部長。