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きれいに食べると云うこと

毎度毎度僕が子供の頃の偏食の話から始まってすみません。極度の偏食児童だった僕は、食べ物を残すなんて当たり前だと思っていた。嫌いなんだから、食べられないんだから、残す。食材を作ったり獲ったりする人がいて、流通させる人がいて、料理する人がいて、自分の目の前の食事になる。大変な手間がかかっている。それを想うべきだ。大切にすべきだ。残すなんてとんでもない。でも嫌いなんだから、食べられないんだから、そんなことどうでも良い。感謝も何もない。それより何でそんなに食べることを押し付けるのだ。絶対に食べない。要らない。食べられる物だけ食べる。好きな物だけ食べたい。それが当然。ずっとそれで良い。変える必要など微塵もない。僕は悪くない。

僕のその頑なな心がいつ何時どこでどう和らいだのか、自分でもその分岐点は判らないけれど、時を経て色々な食べ物や料理が偏食のリストから削除され、それらの美味しさが順々に新たにリストアップされ、自分の心に御馳走帳が出来上がってくる。自ずと視野も広くなる。今までは一体なんでそんなに拒否していたのかも忘れてしまうくらい。大人になるってそう云うことなのか。様々なことを受け入れられる自分になる。食べることについてだけはそう。でもまあ他のことはやっぱり受け入れられなかったな、大人になってからもずっと。

好き嫌いは少なくなったけれど若いうちは食べることに全く頓着はなかった。朝は家で食事をして、外に出かけたらずっと煙草とコーヒーだけで過ごして、夜は家に帰ってちょっと食べて。そんな生活をずっと続けていた。20代前半は体重50kg台だったなんて今はとても信じてもらえないけれど、事実です。だって食べなかったから。友達に「あまりにも痩せてて貧相だからこれで何か食べろ」と云われてお金を1000円もらったこともある。でもその1000円は忽ち煙草とコーヒーになってしまったけれど。

自分の好きなものを自らどこかへ食べに行くなんて、そんな気持ちが出て来るようになったのは30歳を過ぎてから。本を読んでいると美味しそうな食べ物が色々と出て来る。それを食べてみようと思ったのだった。特に大衆的なグルメガイドの開祖とも思える文春文庫ビジュアル版の「ベストオブ丼」はワタシのバイブルとなった。ここから僕の食べ歩き人生はスタート。特に天丼は僕のライフワークみたいなものになった。

外で食事をしていると他の人の食べ方が気になるようにもなった。茶碗や丼にご飯粒をいっぱい残している人が大変に多い。何でもかんでも残していた子供時代を過ごした僕なのに、それがとても気に障って仕方がなくなった。それと同時期だったかどうか記憶はあやふやだけれど、ある時に一緒に食事をした方から「小野瀬さんは食べ方がきれいですね」と褒められて、それをどう受け取って良いのかもどぎまぎしたけれど、とにかく嬉しくて、これからもずっとそう評価される人であろうと自らに云い聞かせた。完璧ではないけれど、出来る限り。

そして偏食がなくなって、きれいに全部食べ切るのを良しとする主義の人となった。怒られたり貶されたり急かされたりするよりも、認めてくれたり褒められたりした方が推進力になる。自分はそちらのタイプだったので上手くここまでやってこられた。僕を褒めてくれた人、みんなありがとう。これからもがんばります。

きれいに食べることを人に押し付けたくはない。だけど食べ方は評価される。気取って食べるのは嫌いだけれど、きれいに食べ終えると気分が良い。この気分の良さは人に伝わること。メッセージトゥーユー。これからも美味しく色々食べて、何かを伝えて行こうと考えます。

末永くがんばりますのでご支援よろしくお願い致します♫