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自分を信頼すること

小説を書き終わって、ゴムみたいに感性が伸びきっている今、朝、歯を磨いている時なんかに、ふと繰り返し思い出す光景がある。

2年前の冬、祖母を看取るためにホスピスに通いつめていた時のことだ。

廊下は日が差してもグレーで、ざらざらした弱々しい空気ができたばかりの病棟の隅々にまで満ちていて、建物の中にいる人々は皆、静かで、消毒液と死ぬ前の人特有の体臭が混じった匂いが、じっとしていると体の中に鉛のように溜まって行く気がした。

祖母はだいたい、意識が朦朧としていて、私のことが分かったり、わからなくなったり、世迷言のようなものを口走ったりしていたけれど、ある日、ふとぱっちりと目を開けて、久しぶりにしっかりした口調で言った。

「みみちゃんはねぇ、小さい頃から物語が大好きで、家にある絵本をなんべんもなんべんも朗読して、そのうち、一字一句違わずに覚えてしまって、4歳の時、親戚の前で『舌切り雀』の物語を頭から終わりまで暗唱して、おばあちゃん、本当にびっくりしたのよ」って、にこにこしながら。

覚えてない。そんなこと。

子供の頃、祖母に絵本を読み聞かせてもらうのが大好きだった。内容というより、祖母の読み上げるリズミカルな口調や、優しげな抑揚に惹かれていたのだと思う。

でも、そんなことまでは覚えてなかった。

おばあちゃんは、それから死ぬまで毎日、意識が戻るたびにその話をした。

毎回、にこにこしながら。

信頼されていた。

「賞を取るような作家になろうと思うんだよね」と言ったら「みゆきちゃんならなれるよ」と言ってくれた。

死ぬ直前まで、繰り返し、繰り返しこの話をして、私がしょうもない打ち合わせに時間を取られている間に、フッといなくなるように死んでしまった。


おばあちゃんはずっとーー子供の頃からずっと、私の力を信頼してくれていた。

その声から耳を塞ぐようになったのは、いつからだろう?

ダメじゃん、自分なんて、って思い始めたのはいつからなんだろう?



小説を書いている間、自分が信頼できなくて苦しかった。

なぜ書いているのかも、なぜこのテーマを選んだのかも、何もかも。


この前、知り合いにふと「第1作目だから、”お試し”でいっかって思ってるんだよね」と言ったら「こんなすごい人たちに帯もらっといて、お試しなんて言っちゃダメですよ」と言われた。

一瞬、「うっせーな」と思ったが、相手の言う意味もわかるし、そう言ってくれた相手の好意を否定したくない気持ちもあり、多分、この苛立ちと彼の伝えたい事との差分は「私の自信のなさ」でしかないのだろうなと思って、けどこの私の自信のなさを彼は知らないんだろうな、と思って少し寂しい気持ちになり(めんどくさいですね)黙って下を向いた。

いいね!されたぶんだけ、メンタルが合金になってくれたらいいのに。

書き手としての自信って、どうやったら持てるんだろう。

初めてインターネットで文章を書いた14歳から、変わらずに持ち続けている疑問だ。

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