犬を犬小屋から振り落としてはいけない
ジャーナリストの朽木誠一郎さんと奧岡けんとくん、金子あんなちゃんと4人でご飯を食べる。
朽木さんは最近単著を出すことになり、もうすぐ発売。一番、心が滾る時期だと思う。「売れたらいいな」という希望と、「どう評価されるんだろう」のせめぎ合い。彼とはお互いに辛酸をなめている時期を知っているだけに、著書を出される事がとても嬉しい。私は朽木さんのエッセイが好きで、ということはつまり、朽木さん自身のファンなのだ。
途中、「不安」という感情をどう取り扱うかみたいな話に。私はすぐ不安になる。最近も、そのことで大失敗して、大事な相手に迷惑をかけたばかり。何をするにも不安、人と付き合うのも不安、原稿をあげるのも不安、不安、不安、不安に取り憑かれると何も手がつかなくなる。過剰適応ですねって人には言われる。
「不安もモチベーションもコントロールの仕方って一緒なんだよ」って朽木さんは言う。
「僕が、以前為末選手にモチベーションのコントロールの話を聞いてなるほどなーって思った話があってね、例えば、犬を犬小屋から出したい。でも犬は出てこない。どうしますか?」
「犬小屋を逆さまにして、おりゃー、出てこい!ってやる」
「小野さんはそこから間違ってるんだよ!!やんないから!あのね、例えば犬を外に出したかったら、例えば餌を捲く、犬が好きなおもちゃで釣る、鈴を鳴らす、色々な方法があるじゃないですか」
「うん」
「その一つ一つを試してみる。どの方法にも”絶対”はありません。まずは餌で釣ってみる。1回目はうまくいくかもしれないけど、じゃあ、お腹が空いてない時には出てこないですよね。鈴を鳴らしても4回に3回は出てくるけど1回は反応しない。そうやって、毎回、毎回、どの手段が一番有効なのか試してみて、一番確率の高いものを見つけてゆく」
「ほうほう」
「不安やモチベーションのコントロールもそれと一緒で、自分はどういう時に不安が治るのか?モチベーションが上がるのか?一つ一つの方法を試してみる。絶対はないから、その時、その時でベストな作戦を変える。徹底的に自分を洗い出して、パフォーマンスを上げる方法を探してゆくのがいいと思います」
なるほどねぇ。そんな風に、頭使ったことなかったな。自分を客観視することを、これまで置き去りにして生きてきたように思う。よく作家は心持ちが不安定な方が創作ができると思われがちだが、そんなの全くの誤解で、心が安定している方が筆は進むし、不安定なのは妄想の中だけで十分。次の小説もあるので、なんとかこの不安定さを解消できるようになりたい。
「小野さんはさ、小野さんが不安になっても、相手は全然動じないで、ダァーーって駆け寄って来て、がしって肩掴んで、”どうしたんだ!美由紀ぃー!しっかりしろ!大丈夫ダァーーっ!……大丈夫かぁーーーっ?……よし、大丈夫だ!じゃ!俺!行くわ!”みたいなタイプと付き合った方がいいよ。見た目で言ったら大仁田厚とかホンジャマカの石塚みたいな」
男の人に、私を安定させてくれる機能を求めていいのかは、まだよくわからないけれど、とりあえずは犬を犬小屋から振り落とす、それ以外の方法を見つけようと思う。
結局、恋愛の話をうだうだと4人で喋りながら、気づいたら終電を過ぎていたので、あんなちゃんの家に泊まる。
あんなちゃんは最近実家を出て一人暮らしを始めたそうで、五反田のソフトに綺麗なマンションに連れて言ってくれた。
他人の家を見るのは、やっぱり好きだ。そこにその人の人生が、煮込んだスープの上澄みみたいに凝縮されている気がする。
狭いベッドで相手の気配を感じながら寝る。布団からはあんなちゃんの体臭がして、緊張がとけて網の目のように細かくなった私の感覚の隙間に、匂いに乗った彼女の命が微粒子のように忍び込んでくる。
性的な関係でなくても、他人の体温を感じながら寝るのは安心する。前も、前の恋人も、一緒にいて、ぐっすり眠れたことがなかった。そういえば男の人と、一緒のベッドで安心して眠れた経験なんてあったっけ、とふと思う。
誰かと一緒に、ぐっすり眠りたい。
3月某日
カウンセリングに行って不安神経症がぜぇんぶ、解消する。今までの人生はなんだったの?と言う感じ。
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