[日々鑑賞した映画の感想を書く]「ヤクザと家族 The Family」(2021年 藤井道人監督)(2021/3/26記)

「アメリカン・ユートピア」試写で高揚した勢いのまま近くの映画館の最終回に滑り込む。例によって予備知識をまったく入れず見たけど、これはなかなかの傑作だった。監督は「新聞記者」の藤井道人。

 組のため、オヤジと慕う親分のため、兄貴分の罪をひっかぶって刑務所に入ったヤクザ(綾野剛)が14年ぶりに出所。すっかり変わってしまった社会と人間に戸惑う……という話。

 組のため親分のため罪を犯しムショに入ったヤクザが、久しぶりにシャバに戻ってきての一騒動、というのは昔からのヤクザ映画のパターンですね。だいたいが対立する組の悪辣なやり口で、自分の所属する組はじり貧。浦島太郎のような気分だった昔気質の主人公は我慢に我慢を重ね、最後に怒り爆発……というのがルーティンで、この映画もそのパターンではあるけど、暴対法の施行で公衆の敵としてのヤクザへの社会的監視・抑圧が以前とは比べものにならないぐらい強まり、「ヤクザに人権などない」という一般市民社会の風潮・時代の流れが背景になっているのがこの映画の特色。なので主人公・綾野剛の時代に取り残された孤独がいっそう際立つ。どんな強者であっても時代の流れには勝てないのだ。

 もうひとつこの映画の特色はタイトル通り、ヤクザにとっての家族、家庭の問題に焦点を当てていること。「ヤクザのホーム・ドラマ」の嚆矢といえば金子正次主演の名作中の名作「竜二」(1983)。これは愛する女房子供のため一旦はカタギになったヤクザが、結局は血のたぎりを抑えられず元いた世界に舞い戻る、という話だが、本作の綾野剛は、異物としてのヤクザを徹底的に敵視し排除していく「社会」や「良識」そのものによって家族(というには余りに細く切れそうな糸だが)と分断され社会復帰もならず追い詰められていく、という違いがあって、ここでも主人公は孤独だ。そしてこの映画に於ける「家族」はもうひとつ、組長という「親」を頂点とした疑似家族としてのヤクザ組織、という意味もあって、結局綾野はそこにしか居場所を見つけられなかったのだった。そしてそうした疑似家族にしか拠り所のないはみ出し者はいつの時代でもいるし、そんな者たちはいったい今の世の中でどう生きていけばいいのか、という問いかけもある。まだヤクザから一般市民への道が残っていた頃の話である「竜二」は、今の社会では成り立たない話なのだ。

 この映画で興味深い人物といえば、北村有起哉が演じる、主人公の兄貴分にあたるヤクザ。主人公はこの兄貴分の罪をかぶってムショにぶち込まれたわけだが、この兄貴分と主人公の愛憎半ばする関係性にフォーカスすれば、正統派のヤクザ映画として、また違う形での傑作になったと思う。

 この世界、義理も人情も仁義もない。そんな金看板は「仁義なき戦い」以降の実録ヤクザ映画がすべてたたき壊してしまった。わずかに残るのが「家族」の情愛。主人公は、子供の頃から可愛がっていた半グレの若者や、チンピラ時代から面倒を見ていた弟分のために破滅していくわけだが、これもまた「家族」への情ゆえだろう。孤独で悲しい主人公の人生は、最後の最後になってほんの少し救われる。ラストはかなり良かった。半グレの若者(磯村勇斗)の表情が素晴らしかった。かなりグッときました。

 役者は全員芸達者揃いで、じっくりと堪能できる大人のドラマだった。綾野剛はこれで主演男優賞を獲れるんじゃないかな。実にいい役者です。(2021/3/26記)

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