[日々鑑賞した映画の感想を書く]『アイダよ、何処へ?』(2020年 ヤスミラ・ジュバニッチ監督)(2021/9/26記)

 ボスニア紛争末期の1995年、ボスニア東部のスレブレニツァで起きたセルビア軍によるイスラム教徒(ボシュニャク人)8000人の大量虐殺事件を描いた劇映画。フィクションとはいえ歴史的事実を元にした重みとリアルに慄然とする。これがたった25年前の出来事なのだから恐ろしい。ごく普通の市民として日常を送っていた人びとが、私たちの家族が、友人が、仲間がさしたる理由もなく無造作に処刑されていく。戦争/紛争を描いた作品だが戦闘シーンはほとんどなく、虐殺シーンも描かれない。しかしこれほど恐ろしい映画はほかにない。全編を貫く緊張感はすごい。

 ボスニア人としてボスニア紛争を生き抜いた過去があるというヤスミラ・ジュバニッチ監督のタッチは、しかし大げさな詠嘆もどぎつい演出もドラマティックな作劇もなく、淡々と、むしろ冷徹に登場人物たちの過酷な宿命を容赦なく描いていく。監督のインタビューによれば、今のボスニアには映画産業というものがないに等しく、製作のための資金集めは難航を極めたようだが、彼女にはどうしても実現せねばならぬという強い使命感があったのだろう。ヨーロッパ9国が共同製作に名乗りを上げたのは、この蛮行/悲劇を作品として残すべきだというコンセンサスがあったということだ。主演のヤスナ・ジュリチッチが「殺す側」のセルビア人というのが驚くが、その鬼気迫る演技が凄まじい。

 今年のオスカーで外国語映画部門ノミネート。しかし受賞していても少しも不思議ではない恐るべき傑作。(2021/9/26記)

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