[日々鑑賞した映画の感想を書く]「サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~」(2020年 ダリウス・マーダー監督)(2021/2/25記)

 
 恋人(オリビア・クック)と2人組バンドを組み、トレーラーハウスでアメリカ中をツアーして回っていたドラマー(リズ・アーメッド)が突然聴力の大半を失い、難聴者専門の施設に入所する。バンドも音楽も恋人も諦められない主人公はトレーラーハウスを売り払って費用を作り、一か八か人工内耳を装着する手術を受けるが……という話。これは大傑作だった。たぶん賞レースでもいいとこに行くんじゃないか。アマゾンプライムオリジナル。

 聴力をほぼ失うとどんな風に外部の音が聞こえているのか、実際に音響効果として聴かせるのがこの作品の最大のポイント。聴力を失い、不安と絶望の中に煩悶する心理を、くぐもったような不吉な音響で完璧に表現する。私はサラウンド音響のスピーカーで鑑賞しましたが、可能ならヘッドホンで聴いたほうが効果的かも。

(以下ネタバレあり)

 人工内耳の手術は一応成功し、主人公は父親の住む家に戻った恋人のもとを訪ねる。バンド時代、眉毛をブリーチしてリディア・ランチばりの絶叫を聴かせていた恋人は、眉毛の色も元に戻り、自傷癖もなくなっている。共依存的な関係だったふたりは、主人公が聴力を失うことでその関係性が崩壊し、実家に戻った恋人は別人のように「まっとうに」なっている。そして主人公は物語の前半ではギズムだのルディメンタリー・ペニだのユース・オブ・トウディだののアンダーグラウンドなバンドTシャツばかり着ていたのに、インプラント手術のあとは普通のファッションに戻り、金髪に染めていた髪をばっさり切っている。ブリーチした眉毛、自傷癖の跡、バンドTシャツは2人のモラトリアムな状態の象徴であり、トレーラーハウスは外部を遮断し引きこもっていた2人を守っていた心地よい繭の象徴だ。そのトレーラーハウスを売り払うことで、彼らは無意識のうちに退路を断っている。

 「サウンド・オブ・メタル」とは人工内耳をつけた際に聞こえるノイズを指す。どういう聞こえ方かというと、さわがしい喫茶店の中の会話を録音したものを聴くようなもの。インタビュー経験のある人ならわかると思うが、会話の最中は相手の言葉を聞きとれても、録音すると周りのノイズも同じように拾ってしまうので、聞き取れなくなる。つまり人間の耳は無意識に必要な音だけを拾い、必要ない音はミュートする機能が備わっているが、現状の人工内耳はそこまでは無理なのである。おまけにそこにキーンという耳障りな金属音やらイコライジングされた声やモコモコした低音やらが加わり、実に気持ちの悪い音になる。それはモラトリアムを脱し外部の世界に向き合った主人公の不安と混乱の象徴だ。最後の最後に主人公が人工内耳に繋がった補聴器を自ら取り外し、再び静寂の世界に戻ったところで話は終わる。その先の主人公の運命はわからないが、ここからようやく彼の人生が始まるのである。

 2人がやっていたバンドの音楽は「メタル」と説明されているが、どちらかと言えばリディア・ランチみたいなノー・ウエイヴやオルタナティヴ・ハードコアに近い。主人公を演じたリズ・アーメッドはオスカーの主演男優賞候補にノミネートされるかも、と言われている。いずれにしろ必見の作品です。(2021/2/25記)

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