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Eccy インタビュー

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 東京在住のビート・メイカー、Eccyが3年10ヶ月ぶりのニュー・アルバム『Nutrients』をリリースした。2019年に新レーベル「Edulis」を設立、2020年になってほぼ毎月2曲というハイペースで楽曲を配信するなど精力的な活動を展開しているが、『Nutrients』は、2020年の前半にリリースされた楽曲を中心に新曲を2曲加えたものだ。全曲インストゥルメンタルのヒップホップ・アルバム、いわゆるビートテープ的な内容で、インスト・アルバムとしては11年ぶりの作品となる。ゲストは一切なし、トラックメイクからミックス、マスタリングまで、ジャケット・デザイン以外のすべてをEccyひとりで手がけた、ワンマン・アルバムだ。コロナ禍で自主隔離が続く昨今の状況を象徴するような作品とも言えるが、それだけでもなさそうだ。

 彼にとって原点とも言えるサンプリング中心で作られた作品であり、メロウでメランコリックでどこかノスタルジックな叙情が漂うロー・ビーツ集で、いかにもEccyらしい、Eccyにしか作れないアルバムとなっている。

 Eccyとは『Narcotic Perfumer』(2009)の取材の時からの付き合いだが、飄々として人懐っこいキャラクターは相変わらず。ライヴもクラブも停滞する状況にも至って元気で、なにか解き放たれたような、吹っ切れた表情が印象的だった。(小野島)

Eccy / Nutrients (Edulls)

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All Tracks Produced by Eccy
Mixed & Mastered by Kizuki Watanabe
Artwork Designed by Mutchy
Photography by Yusuke Kiyono

Bandcamp (DL&試聴も可能)

Spotify


Apple Music

Official Site

シングル『Lonely Planet feat. あるぱちかぶと』時のインタビュー(2016)

アルバム『Narrative Sound Approach』時のインタビュー(2017)





初期の頃みたいに制作がめちゃくちゃ楽しい

ーーオリジナル・アルバムとしては『Narrative Sound Aproach』以来3年10ヶ月ぶりですが、インスト・アルバムとしては『Loovia Mythos』以来11年ぶりです。当然ですが同じインストでも当時とはかなりサウンドが違いますね。今回はサンプリング主体の音作りです。

Eccy「そうですね。そこは原点回帰した感じです。機材もMPC(AKAIの音楽制作ツール)を導入して、初期の頃みたいに制作がめちゃくちゃ楽しいという(笑)。『Loovia Mythos』以降の『Flavor Of Vice EP』の頃(2011年)は、ロンドンに遊びに行って、ベース・ミュージックがかかるクラブに行って衝撃を受けてああいう音になったんですけど……日本にもこういうクラブ・シーンがあったらいいな、みたいなのはすごいありましたから。でもあれは(自分の)スキルが足りてないんですよね。今だから思えるんですけど……ああいう細かい打ち込みは性格的に自分に向いてねえなっていう(笑)。ただ、あのときにサンプリングしないでシンセ主体にやっていくというスキルを得て、今サンプリングとシンセを組み合わせてやることができるようになったんで、あの時期はかなり大事だったんですけどね」

ーーなるほど。

Eccy「そういうダンス・ミュージックで活躍してる人の曲とか聴くと、打ち込みとかすっげえ細かいでしょ。丁寧にオートメーション書いたりとか…オレは飽きちゃうんですよね、作ってる途中で。大枠が出来たと思っても、そこから先の作業が超長いから。そこがオレには無理ですね。ほんと、その日のうちに(曲を)仕上げたいんですよ、全部。そこを過ぎちゃうと新しい曲を作りたくなっちゃう」

ーー細かい部分を緻密に仕上げて完成度を高めていくという根気のいる作業が自分には向いてなかったと。

Eccy「そうですね。当時は頑張ったんですけどね。でも"頑張る"のってちょっと違うなというのはあって。そういうのやる人って、そこの作業が多分相当好きじゃないですか。オレはそれより、新しいサンプリングのネタとって、使える曲を探して組み直して……みたいな、そこの作業をガンガンにやっていきたいんで、1日3曲とか4曲作りたいぐらいの感じなんですよ。細かいとこを直すぐらいなら新しい曲を作りたい、みたいな。なのでボツ曲もかなり多いですけど。今でもダンス・ミュージックは好きですけど、作るとなるとちょっと違うなと」

ーーなるほど。今年はコロナになって家にいる時間が増えて、曲を作る時間も増えたんじゃないですか。

Eccy「そうですね。『Narrative Sound Aproach』が出た2017年2月の段階ってもう曲を作ってなかったんです。2015年10月ぐらいから曲は作ってなくて、いろいろストックはあったのでそれを修正したりして2017年に出たんですけどね。なぜかというと仕事をしつつも、大学院に入るための勉強とかしてたんで、音楽からはしばらく離れていたんです。それで2019年の秋に大学院の試験が終わって、春までちょっと時間が空いて(注:現在Eccyは大学院で臨床心理学を学んでおり、公認心理師という国家資格を取得したいと考えている)。でも最初は曲を作ろうとは思ってなかったんですけど、HAIIRO DE ROSSIってラッパー(『Blood The Wave』[2009]などに参加)と偶然連絡とって会って話してたら"曲作りてえな"って思い始めて(笑)。衝動的にMPCを買って。やるのはいいんだけど今までとちがった感じでやりたいというのがあって、ここはMPCだなと」

ーーMPCは使ったことなかったんですか。

Eccy「憧れはあったんですけど、今まで全然通ってなくて。ずっとパソコンで作ってたから。もちろんエディットとか、最終的な作業はいまだにパソコンでやってますけどね。高かったのでヨメに相談しつつ。これで稼げるからって謎の言い訳をして(笑)。その時はspotifyとか全然登録してなくて配信をやる気もまったくなかったんですけど、HAIIROが"意外にガンガン稼げますよ"とかテキトーなこと言ってオレも真に受けちゃって"マジか"とか思ってやったんですけど、全然稼げない(笑)。甘かったなと」

ーーこの1年、すごい勢いで出してましたよね。今年だけで計24曲も発表してます。

Eccy「単発のシングルも出してるし、ワタナベファームっていう栃木県の養鶏農家の「wave project」のための曲もあって、ほぼ毎月出してますね」

wave project

ーー今回のアルバムはその前半に出した曲をまとめたものになってますね。

Eccy「そうです。それに新曲を2曲加えて。単曲で出してたのはプレイリスト対策なんですよね。プレイリストってエントリー制で、1回のリリースごとに1曲だけエントリーできるんですよ。なのでシングル単発で出した方がトクじゃないかと思ってやってたんですけど、最近どうやらその方法が効かなくなってきたらしく。アルバムから選ばれてるやつの方が多く選ばれてるような。完全な憶測ですが。なので単曲リリースからアルバム、EPに移行しようかと思っていて。まあ、基本的にプレイリスト対策とかほんとしょうもないとは思うんですけど、かと言ってあまりに聴かれないのも悲しいんで、一応やってるという感じです」

簡単にできるものはつまらない

ーーほかにスタッフがいるなら、アーティスト本人がそこまでやる必要はないのかもしれないけど、Eccy君はひとりで全部やってるから。『Narrative Sound Aproach』の時は、このアルバムで全て出し尽くして次は考えられない、みたいなことを言ってましたよね。

Eccy「はい。あのアルバムは結構好きなんで、わりと聞き返すんですけど、今となっては直したい部分はけっこう出てきてて」

ーーどういう部分ですか。

Eccy「リズムが弱いかなと……もともとリズムの弱さが自分の弱点ではあるんですけど……そこを変えていくためにはMPCの導入が必要かなと思ったんです。マウスでドラムを打ち込むんじゃなく、自分でパッドを叩かないと。もちろんパソコンでもコントローラーを繋いでできるんですけど、なんかレイテンシーというか反応が気に食わない。MPCにしたら結構いい感じになってきてるかなという」

ーーなるほど。大学院の試験が終わって曲を作り始めた時には、既にやりたいことの構想は浮かんでたんですか。

Eccy「最初はリハビリ感覚で作ろうと思って、別名義で数曲出したんですよ。まだEccyの名で出すのはどうかなと思って。その頃は新しい音楽もあまり聴いてなかったんですけど、どうやらローファイ・ヒップホップというのが流行っていて、それがオレのやってた音楽に似ていると聞いて。聴いてみたら「これで1000万再生?」みたいな(笑)。Spotifyの一番メインのLo-Fi Beatsのプレイリストって300万以上もフォロワーがいるんですよ」

Lo-fi Beats


Eccy「なのであそこに選ばれれば、けっこうお金が入ってくるだろうから、狙ってるヤツはすっげえ多いと思うんです。とりあえずやってみようと。もともとそういうのやってたし!みたいな(笑)。でもあれに寄せるとなるとまたちょっと違うなと。寄せて作ることはできるんですけど、面白くない。無記名の良さというか、流して聴くとみんな同じなんですよね。作り方さえわかっちゃえば簡単なんですよ。形だけの音楽というか、フォーマットの音楽だから。なので結局自分のやりたいことが前に出てきて。今作もローファイに括れるのかどうか……ちょっと違うんですよね。普通にインスト・ヒップホップって感じの方が言い方としては正しいかなと」

ーーそうですね。そういう定まった型通りにやればサマになっちゃうような音楽は面白くない、みたいなことはEccy君は昔から言ってるよね。

Eccy「そうですね。それはほんと。型通りの音楽をやりたかった時期もあったんですよ。ダンス・ミュージックやってた頃がそうだったけど、結局やってることが難しくて好きになれなかった。ローファイに関しては当然できるんですけど、簡単にできるのもまたつまらないんですよね(笑)」

どこにも属さない。どこに行ってもよそ者感がある

ーーわかります。Eccy名義では出せないから別名義で、というお話でしたが、Eccyらしさってなんですか。

Eccy「サンプリングですよね。サンプルの選び方と組み方と……チルと言えばチルなんだけど……ただ心地よいわけでもなく、明るくもなく、若干不安を煽る感じ。それはふだん意識してなくても、サンプルを選んだ段階で決まってくる。ネタとして選ぶのは明るい曲だったとしても、音色的に使いたい時があって。それを組み替えた時に、自分っぽくなって落ち着く、みたいなのがすげえ気持ちがいいす。ここにハマった、みたいな」

ーーダークまではいかないメロウでメランコリックな叙情性、あとはサンプルの選び方と組み合わせのセンス。今作はまさにそれが発揮されたEccyらしい音だなと思ってました。

Eccy「ありがとうございます。その部分でいうと、ファースト『Floating Like Incense』ーー今から13年前に出て、作ってたのは14~15年ぐらい前ですけどーーからずっと、ネタ選びは間違ってないなと。ファーストはドラムとかすごく甘いですけど、ネタ選びと作品のトーンは今と同じかなと思います」

ーー自分が内面から出てくるものを素直にやるとそうなる。

Eccy「そうすね。そこは特に意識してないすね。自然に。ファーストは真吾さん(Shing02)をフィーチュアしたのもあって、ポストNujabes路線というかジャジー・ヒップホップ路線みたいな括り方をされたんですけど、自分では全く予期してなかった反応で……当時はNujabesさん聴いたことなかったし。なのでNujabesさんとかともちょっと違うんですよね。近い部分の曲もありますけど、ジャズっぽい感じとはちょっと違う」

ーージャズっぽいところもあるけど、でもジャズかと言われればそうではない。

Eccy「そうなんですよ」

ーー強いて言えば映画音楽っぽい。

Eccy「うーん、確かにそうかもしれないですね」

ーーどこにも属さない。

Eccy「そうですね。それはある。どこに行ってもよそ者感みたいな。特定のコミュニティみたいなものに属するのがイヤなんですよね」

ーーわかります。今回、サンプル中心でやろうというのはかなり早い段階で決めてたんですか。

Eccy「そうすね。最初からMPCありきですね。そこにシンセ組み合わせたりっていうのはもちろんやりつつ。MPCやシンセなどハードの機材を中心に使って仕上げはAbleton LIVEでやってるんですけど、SP-404(ローランドのサンプラー)っていうビート・シーンで流行った機材も導入したりして、質感を追求したのが大きかった」

ーーふむ。

Eccy「それから今までと違うのは、ミックス/マスタリングまで自分でやったことなんです(クレジットのKizuki WatanabeとはEccy本人の別名義)。マスタリングまでやったのは初めてで、自分でそこまでやるのってどうなんだろうとは思ったんですけど、自分ではそこそこ満足できました。こないだAZZURROさんがSNSでミックス/マスタリングもすごく良かったって書いてくれて、嬉しかった。ああ良かったんだ!って(笑)」

Galaxyの後輩だと知ったのは、サンレコで取材に行ったとき。守備範囲の広い作り手だが、新作はアブストラクトなロービート集。かと言って抽象に逃げず、しっかりとファンクしている。ミキシング・マスタリングを含めて世界レベル。「Another...

Posted by Ilmare Azzurro on Monday, December 14, 2020


ただ作るのが好きってだけです(笑)。

ーー今回はゲストも一切ないし、音源制作の全工程を自分ひとりでやったわけですね。

Eccy「そうすね。やっぱりゲスト入れたりすると(制作費を)回収できないっていう(笑)。今は大学院の勉強が主で音楽メインでやってるわけじゃないので、お金の話はあまり考えなくていいんですけど、すっげえ赤字出してほんのちょっとしか売れないとかなると、さすがに何やってんだろうって気になるじゃないですか(笑)。なるべく出来ることは自分でやって、ジャケットとかも友達に頼んで、メシおごったりして(笑)、サイトはテキトーなやつを軽く自分で作って、なるべく金をかけずにやる。でもミュージシャンは一度は全部自分でやったほうがいいって言われたことがあって」

ーー今の時代は特にそうですね。すべての工程を知っておくことは絶対無駄じゃない。

Eccy「そうですね。そういう意味で家でインスト・ミュージックを作れる人は強いと思う。マスタリングも、この4年間作ってない間にソフトがすごく進化してて、ここまでできるかって驚きましたね。個人でだいぶ追い込めるようになりましたからね」

ーー全部自分でやってみて気付いたこととかありますか。

Eccy「早くていいすね(笑)。ほんと、1週間前に作った曲も飽きてるぐらいなんで、早く出せるのがよくて。ラッパーとのコラボももっとやりたいんですけど、なかなかペースが合わないんです。マッドリブとかアルケミストとか、あのクラスの人でさえ1年に何枚も出してるのに、オレみたいな下っ端がすげえ時間かけて1枚作ったところで、ねえ。今アルバムの鮮度ってほんと短いから、彼らの規模で1週間ぐらいじゃないすか。一旦渡したトラックも、1ヶ月もすると古く感じて取り下げたくなるし」

ーーそういうスピード感みたいなものに対応するためにも全部自分でやったほうがいい。

Eccy「そうですね、完全に。もちろん自分で全部やるとなるとクオリティの点で不安だったというのはあるんですけど、そこはいろんなソフトとか機材の進化で解消されているし」

ーーでも自分以外の人と組むことで、新しい気づきや視点が導入されたり、自分の新しい面が引き出されたりしますよね。

Eccy「もちろん。(制作費を)回収できればやりたいんですよ、単純に。でも、それはちょっと難しいんで」

ーーサブスクで頻繁に出しているシングルの反響はどうなんですか。

Eccy「プレイリストに入らないと、なかなか厳しいですね、オレレベルだと。もう一段階上のアーティストになると、固定ファンがしっかりいるんでリリースしたら聴かれるんですけど、オレのレベルでは、リリースしたっていうだけでは反響も少ないし」

ーーでも月に2曲ぐらいの、すごいハイペースで出してるじゃないですか。そのモチベーションがお客さんの反応でなければ、なんなんだろうと。

Eccy「ただ作るのが好きってだけですね(笑)。どんどん溜まっていっちゃうんで、出しておかないと、っていう感じが一番」

ーー作ったら出さずにはいられない?

Eccy「曲を作ってもそのまま放っておくとお蔵入りで終わるので、それだったら出したほうがいいなっていう。今までは出すってこと自体が、すごくハードルが高かったんですよね。ミックス頼んでマスタリング頼んでジャケット頼んで、CDプレスしてレーベルを通して流通して、みたいな流れが一切なくなったので、家でマスタリングが終わった瞬間にアップロードして配信日決めて(笑)。だって今回Bandcampに上げたのだって、まとめたのBandcampにアップする2時間ぐらい前ですからね(笑)」

ーーああ、マスタリングは単曲の段階で済んでるから、アルバムにまとめる時には特に何もしてない。

Eccy「そうそう。さすがに曲間とか音量とかの微調整はしますけど」

自分のやりたいこと、出したい音は既に決まってる

ーーそこらへんは特に意識しないでも統一感が出てくる。

Eccy「意識はしてますけどね、質感として。ハードの機材の質感が今回けっこう重要だなと思って。作り始めてから固まってくるまでの半年ぐらい、プラグインやらハードやらいろいろ買って試したんです。SP-404はみんな使ってる機材だったんで、使いたくなかったんですよ、最初は避けてて。でもここまでみんなが使う定番ならちょっと試してみるかと思って買ったら"これね!"っていう(笑)。これは避けることできないなっていう」

ーーほかのアーティストがどんな機材を使っていて、どんな使い方をしているかは常に気になる。

Eccy「そうですね。動画とか見て参考にしてます。やり方さえわかれば、自分のやりたいことはわかってるんで」

ーーああ、なるほど。そこに近づけるためのツールだと。

Eccy「そうなんですよ。自分のやりたいこと、出したい音は既に決まってるんですよ。それをこの機材でどうやるか、っていうのをチェックしてる。MPCは初めて使うので、どこをどう操作すればその音が作れるか、そのイメージに辿り着くために使い方を工夫したりプラグインをいろいろ変えてみたり、いろんな機材を導入してみたり、試行錯誤するわけです。今回だったらSP-404のコンプのかけ方とかを研究して、イメージ通りの音に近づけるようにする。マッドリブがSP-303(SP-404の前身モデル)を使ってるYouTube動画とか注視しまくって、わーコンプこんなにマックスでかけるのか、みたいな(笑)」

ーー理想の音、完成形のイメージは明確に頭の中にあって、それに近づけるために機材の選択や使い方も含め試行錯誤する。

Eccy「そういうことです。今回は導入してないんでですけど、Moogのシンセはホンモノがあったほうがいいなと思って。必要なのはベースの部分なんで、ベース用のMoogのアナログシンセを5万ぐらいで売ってて、買ったらやっぱり良かったですね。ただ最終的にファイルを書き出すとソフトシンセのベースの音とそんなに変わらない気もしますが(笑)」

「予想外」はわりと嫌いです

ーー逆に機材に引っ張られることってないですか。この機材があったからこの曲を思いついた、みたいな。

Eccy「うーん……ないすね。機材によって予想外の何かが出てくるということは……ないかもしれないですね」」

ーー予想外の音が出ることで、そこから何か新しい発想が出てくるとか……。

Eccy「うーん……予想外はわりと嫌いかもしれないですね。オレにとっての<理想の音>があるんで、そこから外れるとちょっと違うかなと。だからちょっとでも理想から外れると全部没にしますね」

ーーへえ。その「理想」はそのつど変わっていくんですか。それとも昔から一貫している?

Eccy「その時の気分というのももちろんありますけど、わりと一貫したものはあると思うんです、質感に関しては特に。ダンス・ミュージック期はもちろん理想とは違ったんですけど、今はもう原点回帰というか、やっぱりヒップホップ好きだなっていうところに落ち着いて。質感としてはやっぱり90年代のヒップホップってすごいなというのがあって。あれを今そのままやる必要はないですけど、質感は未だに古びていないし」

ーーなるほど。

Eccy「たとえばキックとベースと上ネタのバランス、コンプのかかり具合……特にトータルでのコンプのかかり方は気になるかも知れないですね。コンプによってグルーヴって変わってくるから。今は制作のやり方として、ミックスとマスタリングを同時に進めてるんです。今はそういうやり方の人が多いんですけど。普通はマスタリングで極端に音を変えることは少ないんですけど、オレの場合マスタリングの段階でがっつりコンプをかけて音を変えたりする」

ーーつまりマスタリング前の音というのが存在しない?

Eccy「存在しないですね」

ーー出したい音、理想の音がはっきり頭の中にあるから、迷いなくできる。

Eccy「迷いなくできるんですけど、冷静になってない部分もあるので、日を置いて聴くと違う場合もある。その時はまたやり直します」

売れることを考えなくて済むようになった

ーー音の質感とか音色とは別に、曲を作るときに思い浮かべている風景、イメージみたいなものはあるんですか。

Eccy「風景でいうと、村上春樹の世界観に近いですかね。リアリティ的文体だけど、いつの間にか意味不明な世界に迷い込む、みたいな。掴みきれない世界とリアリティの狭間。暗いけどダークではない、メランコリック過ぎない、ニュートラルなんだけど揺さぶられる、みたいな。映画でいうとクリストファー・ノーランとかデヴィッド・フィンチャーとか、あそこらへんの世界観。明るくも暗くもなく、揺さぶってくる。その揺さぶりが明らかな仕掛けを作って揺さぶるんじゃなく、あくまでも普通の感じ。それに加えて音色のイメージは90年代ヒップホップの質感とかマッドリブのネタ感・コンプ感とかアルケミストの不思議な雰囲気とか、今まで影響を受けたいろんなアーティストからのイメージを組み合わせて、作っていく感じですかね」

ーー自分の中の世界観に近づける音色選びをしている、という感じですか。

Eccy「作ってる時には考えてないけど、結果的にしてますね」

ーー音色や質感よりも世界観の方が先ってことですね。

Eccy「世界観のほうが先ですね。形が先に来るとフォーマットの音楽になっちゃうんで。ぼんやりとでも、こういうものが作りたいという意思があったうえで、そこに向けて選んでいくという。それで音色とかテクスチャーがバッチリハマると完成です。ミックス/マスタリングまでやることで、そのハマった感がその場で判断できるんです。細かいところまで納得いくまで詰められるようになったから、そういう意味で出さないと終わらない」

ーーその世界観は曲、あるいはアルバムごとに違うんですか。それとも全体として設定してる?

Eccy「全体としてありますね。サンプルの元ネタって全然バラバラなジャンルだったりワケわかんない100円で売ってるようなレコードなんですけど、曲になるとトータルとしてテイストは似たような感じになる。曲ごと、アルバムではなくオレの作るものすべてっていうトータルで考えてるのでそうなりますね。音色、サンプルのネタなどいろんな方向からのアプローチで、ひとつの世界観に向かっていくという」

ーーなるほど。その世界観は常に一貫しているわけですか。

Eccy「どのジャンルの音楽をやっていたときも、世界観はそんなに変わってないかもしれないすね。形はダンス・ミュージックだったりダブステップだったりしたけど、"その世界観に持っていくためのダンス・ミュージック"という感じ。そういう意味で当時のダンス・ミュージックのもオレっぽさが出ていると思います」

ーー今回は今年前半に出した曲をまとめたものですが、曲順が入れ替わってたり新曲が入っていたりします。そのへんはどういう判断でしょう。

Eccy「ただのコンピではなくアルバムとしての流れを意識したかったので、iPhoneでプレイリストを作って曲を入れ替えたりして、散歩しながら流して聴いたりして考えましたね。新曲は入れたかったので2曲入れて流れを組んで、曲間を決めて……その作業は時間をかけますね」

ーーここには入ってない、2020年後半に出した曲もいずれアルバムとしてまとめるつもりですか。

Eccy「そうですね。いずれ出すと思います。そのあとは全部新曲のアルバムをーーEPになるかまだ決めてませんがーーどんどん連発していこうと(笑)。とにかく作るのが好きというモチベーションでやってるので。それに反応があれば嬉しいけど、満足できるものを作れれば、それでいいかなと思ってます。音楽をメインの仕事じゃなくなった段階で、その感覚が戻ってきた。売れることを考えなくて済むようになった。それはとても大きいと思ってます」

(2020年12月19日 東京・下北沢にて)(取材・文 / 小野島大)


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