[映画評] vol.11 ショーン・ベイカー監督 『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』 5/12公開

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』 試写
http://floridaproject.net/

 ウイレム・デフォーがオスカーの助演男優賞でノミネートされた映画。ストーリーだけ聞くといかにも地味な映画で、たぶん試写状をもらわなければ見に行くことはなかったんじゃないかと思うけど、期待をはるかに上回る素晴らしい傑作だった。いや、「傑作」と大上段に構えるよりも、「愛すべき作品」と言ったほうがいいか。


 フロリダのディズニーワールドの隣にある安モーテルでその日暮らしの生活を送るロウアー・クラスの母娘のひと夏を描く作品。なんでもアメリカでは一晩40ドルで泊まれる安モーテルが、ホームレス寸前の貧困層の最後のセーフティネットになってるらしいが、といっても貧しい母子の哀れを誘うような湿っぽい作品ではなく、5歳のいたずら盛りの娘ルーニーが、同じモーテル住まいの子供たちとフロリダの明るい陽光の下でひたすら楽しく遊びまくる毎日を描く。当然その背景にはホームレスのシングルマザー、階級格差、貧困問題といった社会的問題が横たわっているわけだが、5歳の子供たちには関係のない話で、彼らにとってはモーテルの周りのエリアが世界の全てであって、それはディズニーランドという夢の国の外にある、「もうひとつの夢の国」なのである。お話は子供目線で描かれる夢のように楽しい毎日と、母親やモーテルの管理人など大人たちにのしかかる現実の物語が交錯するが、基本的には「貧しいながらも楽しい日々」を描いていく。

 なにが素晴らしいって、主演のルーニーを演じるブルックリン・キンバリー・プリンスに尽きる。映画制作時には7歳だったブルックリンは3歳から女優をやっているという筋金入りの子役だが、とても演技とは思えないほど無邪気で天真爛漫で素直でおてんばでおしゃまで開けっぴろげな女の子を完璧に演じている。とにかく可愛い。愛らしく、憎めない。ウイレム・デフォーは彼らしい渋い演技を見せるが、オスカーの候補にするなら、当然ブルックリンにすべきだった。オスカーを獲った『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドの100倍素晴らしいと思いましたよ。まさに天才子役。

 私が思ったのは、日本の終戦直後に作られた、あるいはその時代を描いた古い日本映画との共通点だ。そこにも敗戦でボロボロになった大人たちと対照的に、空襲で焦土と化した町を真っ黒に汚れた顔で元気に遊ぶ子供たちがしばしば描かれていた。言うまでもなく子供は希望と未来へのエネルギーの象徴であって、そこからは戦争を経験した親たちが幼い子供たちに日本の未来を託した気持ちが伝わってくる。もちろん『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』とは時代も状況もまるで違うが、現実に疲れ切った大人たちと、エネルギーを漲らせる子供たちの対比という意味で、製作者の目線は案外近いものがあるんじゃないかと思う。そういえば最近の日本映画には、子供のエネルギーを描いた作品が少ないな、と思ったり。

 貧困にあえぐ母子家庭の話、なんていうと、ともすればそこにDVやら虐待やらイジメやらが絡んできて陰惨になりがちだが、そうはならない。母親役のキャラ設定が絶妙だからだ。見るからにビッチでアバズレで、オツムも股もゆるそうなバカ母なのに、娘へは母親らしい愛情をたっぷり注いでいる。だからルーニーはスクスクと素直に育っている。これは母娘の愛情物語でもあるのだ。母親役は本職が服飾デザイナーで本格的な演技はこれが初めてだそう。

 もちろんそんな子供たちの夢のような日々はいつまでも続くはずがないと、「現実」を知る観客は思っている。ありきたりなハッピーエンドにはなりっこないことを薄々察しながらも、せめて気が滅入るような、ルーニーが不幸になるようなバッドエンドにはなって欲しくないと願う。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』の、言ってみれば『小さな恋のメロディ』的なエンディングは、好き嫌いあると思うけど、現実と夢、現実と希望を折り合わせるためにはあれしかなかったのかもしれない、と思う。ラスト近くのルーニーの表情(天才子役の本領発揮)、そして母親のセリフにはかなりグッと来た。大人たちの勝手な都合で「子供という名の希望」をスポイルすることはあってはならないのである。

 配役もお話も地味だけど、もしこの駄文を読んで少しでも興味が湧いたらぜひ見てください。お勧め。

 映画のオープニングにはこの曲が流れる。終わってからその意味に気づきます。


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