【黄昏学園SS-2】友達の公式:小虎視点 友達の線引き
友達なら告げ口をしない。
「では私と織田君は友達ではないのだろう」
榎本さんの返した答えを聞いた途端、あれだけ全身を駆けめぐっていた熱が、ぎゅっと冷たく凝固して、おれの身体を凍らせた。
──どうしてそんな風に、公式を解くみたいに割り切れるんだ?
『榎本明日暇ならうちこいよ。ハロウィンパーティやるんだようちで。苗夏がやりたいって言うしさぁ。二人でやってもいいんだけど、誰か呼べって言うからさぁ。あたし友達いねーし。ま、考えといてよ』
いつかのオダネネの書き込みが頭をよぎった。あれは不器用な彼女なりの精一杯の誘いだったんだろうと、傍から見ていたおれにも分かった。
あのあとオダネネはしばらく機嫌が良かったし、榎本さんに「パーティどうだったんすか」と訊いたら、ちょっと嬉しそうな顔で「キョンシーがな、可愛くてな」と言ってオダネネにはたかれていたから、きっと榎本さんも楽しかったんだと思う。
それなのに。
卜部さんが何か喋っている。音が耳をすりぬけていく。
茫然と立ちすくんでいたら、突然肩を叩かれた。下げた視線に入っているのは、榎本さんの上履きだ。
「塞翁君が私の事を按じてくれたのは理解した、それには感謝する。しかし織田君は織田君で正しい事をしたのだからな。故に私が織田君への態度を改めるという事は特に無い。その点は塞翁君も安心してくれ」
──正しいこと? あれが?
態度を変えることはないって? 安心してくれって?
榎本さんのコートが目の前で翻る。
おれの前を通り過ぎて、待合室を出ようとする彼女に、何か言いたかったわけじゃない。
それでも、気づいたら言葉が口を突いていた。
「許さないでくれ」
……あ、ヤバい。
線を引き直さなくちゃいけない。
これは榎本さんと織田さんの問題だ。おれの問題じゃない。おれは部外者で、ただの傍観者だ。
何度も自分に言い聞かせる。マスクの下の呼吸が荒くなって、じっとりとした汗が熱く身体を濡らしていく。
「ちょっとちょっと、小虎先輩、具合でも悪いんです? すごい顔まっさおですけど」
待合室の扉が閉まると同時に、卜部さんが顔を覗きこんでくる。
おれは「へーき」と愛想笑いを返した。
そのあとしばらくそのまま、卜部さんと机に置かれたお菓子を食べながら談笑した。
別の部員が待合室に来てしばらく、おれトイレ、と待合室を出る。そのまま男子トイレに歩いて行って、個室の戸を閉めて、身体を二つに折るようにして、嘔吐する。
「きもちわる……」
苦くなった口もとを拭いながら、何度も頭のなかで線を引き直す。
「人と自分を混ぜこぜにしすぎなんだよなぁ……」
フラッシュバックして吐くなんて、しばらくなかったのに。
あの二人に感情移入しすぎたのかもしれない。
別れ際に見た、榎本さんの涼しい顔を思い出す。
彼女がおれだったら、線を引くなんて一時的な処理なんてせずに、この問題をもっと明快に、公式にして解いているのだろうか。
【閑話休題・三年生の教室の一画】
「もうすぐクリスマスじゃん、やば」
「えークリぼっちやだ。彼氏ほしー」
「ねー彼氏ほしーね。うちの学年で誰かフリーのやついないかな」
「六丸いまフリーじゃん」
「えーやだよ。アイツなんか急に性格変わっちゃったじゃん。DV彼氏になりそう」
「んーたしかに。じゃあさ、アイツは? 一年のとき同じクラスだった塞翁」
「あーあいつはさぁ。なんかカワイイんだけどさ、ちょっと問題あるっぽい」
「えぇ? そうなん? そんな風には見えないけど」
「一年のときに映画の話したとき、あいつすっげー饒舌に、ここが良かった、あのシーンが、って喋りまくってたんだよね。でさ、あまりに必死に喋ってるのがかわいくて『え、話す速さキモっ』って笑いながらツッコんだら、急に黙っちゃって」
「え、キモいはきつくない? それはあんたが悪いじゃん」
「そうそう、さすがにキツかったかなって思って、すぐ『きもくないきもくない、かわいい』って言い直したら、あいつも笑ってたんだけどさ。それからなんか、よそよそしくて」
「そうなんだー。傷つきやすいんかな」
「えー傷つきやすいっていうより、あれはなんか」
「なんか?」
「調子に乗った自分を責めてた、みたいな?」
「へー」
「あーマジでどこかにいい男落ちてないかなー」
「それなー」
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