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最悪の一年ありがとうございました

このコーナーでは毎週木曜日、一定の無料期間を設けるコラムを連載しています。本日は、皆さんお寛ぎのことと思いますので、更新は延期し、代わりに1/6(水),1/7(木)の連続更新を予定しています。

代わりにといっては何ですが、この一年のコラムを振り返ってみたいと思います。




2020年に書いた文章のうちで一番の収穫は、やはり「無思想の中の思想」というテーマを扱った上の記事だったと思います。この記事では、自分が思想(イデオロギー、政治的スタンス、宗教的信念の破片…)だと思っていない部分にこそ空気のように不可視化された重要な思想が含まれている、という地点に立ちました。

そして「空気のような不可視の前提」は、私たちが沈黙することによって消極的に守られている、すなわち「沈黙を促すものは保守的なイデオロギーとみなすことができる」というのがここから発展していった考えです。したがって、この記事を含めて以下のふたつも、「意見を言っていきましょう」ということ、そして「(たとえ食い違っていても)意見を尊重しましょう」という立場に根差しています。個人的には、あまりイデオロギーを表明するほうではないのですが、これからもこの立場からの考えは示していきたいと思っています。





続いて、やはりどうしても避けられないのが新型コロナウイルスに伴う混乱の数々です。この疫病は、すでに言われているとおり、世界を不可逆的に悪くしてしまったのではなく、もともと悪かったもの(たとえば差別や貧困の拡大)を露呈し、さらに顕著化したようなものでした。






春~夏に書いたいくつかの記事では、当時の結論として「継続する精神的な負荷はこれから、それに耐えられない人の兆候(陰謀論や現実逃避)を強めるのではないか」という感じで着地していました。

そしておおかたの予想通り、ウイルスにまつわる陰謀論の勢力は拡大しました。冬~春にかけての「コロナはフェイクだ」といったような陰謀論的帰結は、つまりリスクとそれに伴う精神的負担そのものが軽かったために、日本では海外ほど活発ではありませんでしたが、今ではマスで捉えられる規模に膨張しています。

年明けのコラムではまず、2020年を通したこれらの精神防衛的な信念の変遷を振返りきたいと思います。



また今年は…というよりも今年も、性と恋愛にまつわる社会と文化の行き詰まりについて「斜に構えた」姿勢で論じました。筆者は厳密にはリベラリストやフェミニストではないのですが、いかんせん性や恋愛にまつわる幻想や諸文化について懐疑的な立場であるため、こういう文章を書くたびに(性に対して保守的なイデオロギー)とは対立するのですが、この時も例外ではありませんでした。個人的には、







そして、個人的な話にはなりますが、今年の記事の書き方についての大きな変化は色々な考察について投影とか分裂といった心理学・精神分析的な視点を導入したことです。これは「平気で生きるということ」というコラムの本分のために特定の分野を勉強している副産物といった感じですが、結果的には別のテーマのコラムについても、元々持っていた考え方にいくらか説得力が出たり、新しい見方ができるようになったように思えます。…が、引用が増えて読みにくくなったという方もいるかもしれませんね。

いずれにせよ、noteの購入やサポートをいただいている皆さんのお陰でちょっと手が出ないような本を手元に置いたり、引用したりできるようになっている部分が大きいので、よくわからない文章が引用されていても「お、やってるな」ぐらいに思っていただければ幸いです。







そんなわけで、ろくでもない一年が終わり、また「よいお年を」などとはとても言えないような一年が迎えられるかもしれませんが、皆様におかれましてはくれぐれも個人的な楽しみまでは見失わずに生活できるよう願っております。今年一年の間文章をお読みいただいた皆様、noteに感想やサポートをくださった皆さま、本当にありがとうございました。(20201231, 小野ほりでい)

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