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「愛される」感覚ー交話的コミュニケーションについて

言語学者のロマン・ヤコブソンは人間同士のコミュニケーションが交わされるとき、表面上の意味伝達(たとえば今が何時だとかいう単なる情報)と同時に並行している「わたしとあなたの間にコミュニケーションが成立していることそのものの確認」というもうひとつの次元を見出し、これを言語の交話的機能と名付けた。交話的なコミュニケーションで重視されるのはやり取りされる情報ではなく、互いの間にコミュニケーションが成立しているという事実それ自体である。

交話的コミュニケーションの特徴は、たとえばばったり出くわした老人同士が「今日はいい天気ですね」「ええ、いい天気ですね」と繰り返すとか、あるいは恋人同士が「月がきれいですね」「本当にきれいですね」と肯定するように、相手の言ったことをそのまま反復する、肯定するというような「意味のない」やり取りである。このコミュニケーションの目的は互いの存在の認知と確認であり、表面的に語られている「天気のよさ」や「月の状態」の伝達ではない(したがって実際には天気がよくなかったり、月がきれいでなかったとしても問題ない)。

ヴォネガットのSF小説にはちょうど、このコミュニケーションを通底している根本的な次元をそのまま具現化した生物が登場する。水星の奥深い洞窟に張り付いているというハーモニウムたちは、弱いテレパシー能力を駆使して互いにコミュニケーションを図るが、そのメッセージは二種類しかない。I’m here.(私はここにいる)と、I’m glad you’re there.(あなたがそこにいてよかった)だ。


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口べたな人、話しやすい人


コミュニケーションを意味の次元で取り扱う人にとって、重要なのはそれが「役に立つ」ということであり、たとえば話が有益な情報を含んでいるとか受け手を楽しませる愉快な話をしているということがその第一義となる。一方、コミュニケーションを交話的な次元で捉える人にとっては、コミュニケーションの重要さは反対に「役に立たなさ」に担保される。くだらない会話、情報のない会話、意味のない会話であればあるほど「コミュニケーションが成立している」ことの事実確認という主目的は達成される。

コミュニケーションの意義を前者で捉えている人と後者で捉えている人の間ではしばしば齟齬が起きる。たとえば、コミュニケーションを取ることそれ自体に意義を見出している人が相手に他愛のない質問を繰り返すとき、そうでない人は「自分で調べれば分かることをなんで私に聞くのか」とか「なんで必要のないはずの私の情報を聞き出そうとするのか」と困惑することになる。ここでは質問を介してやり取りされる「情報」は前者にとってはコミュニケーションの目的と受け取られるが、後者にとってはコミュニケーションを発生させるために設定される仮の目的に過ぎない。

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