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その1・花見に逃げ腰 〈夢中のストラット〉

作・絵 小野ハナ


 めっちゃ桜。まじ満開。天気もいいし、ほんとお花見に最高な日。あちこちからお弁当や屋台の気配がする。から揚げ、お好み焼き、砂糖が温められたような、あまい匂い。

 雪解けで太った灰青のうねりに沿って、満開の桜の白が爆発している。その奥には、まだ頭の白い山が見える。暖かくなった風。あぁ、春だ。毎年この川沿いには、どこから沸いたのかと疑いたくなるほどの人が、花を求めてみちみちに集い、酒を浴びて暴れ、愛想笑いとくだらない世辞愚痴を投げつけあって喚く。

「こーれは、混んでますね〜」
「……そだヌェ」
 アコーディオンを抱えた相棒のナガヲが、私の落胆を察して間を埋める。その手はさっきからちゃっかり、春の麗かな童謡を奏でつづけていた。
「とは言えまぁ、行ってみませんか。そこは空いてるかもしれないし」

 ……わかってる。事前に演奏許可の申請を出した時計台の下でしか、今日の私たちは音を出せないことも、申請をしたということは、つまりこの身が所謂『歌手志望』であって、自分とは芸を生業にしたいアーティストの端くれなのだということも、ならば人様に聴いてもらわにゃ、仕事にならんということも。

 でも、私は今まで一度も前向きになれたことがない。音楽も好き、ナガヲもナガヲのアコーディオンも好き、それに合わせて歌うのも大好き(ちなみに屋台も大好き)。でも、他人に向けて演りたいと思えない。自覚してんの。自分が、歌手なんか絶対に向いてない、極度の人間嫌いだと。

「部長、見て〜! ウサギさん!」
 ウサギ? この川辺には野ウサギでも? つい声の方を見ると、そのOLの目はまっすぐに私を見ていた。
「えっへ、へへ……」
 反射的ににへら笑ってしまい、もうその人の方を向くことができない。私の体が、桃色ちんちくりんのぷりぷりボディなので、ウサギに見えたんだろう。あぁ、嫌だ。逃げたい。
「……ナガヲ、あっち行こう」
「あはは、わかりました」
「あっほらぁ、うさぎさん行っちゃうよ部長〜! あはははっ——」

 目指していた時計台から直角に体を翻したあと、しばらく歩いて、桜のない地味な公園で止まった。先客に野良猫が1匹。気まずく目が合う。
「まぁ、今日は特別、人多かったですよね、休日の昼だし」
 ナガヲは優しいから、私に同調してくれる。本当は演りたいだろうに。
「ごめん……」
「なぁに、ブブちのことよ。まぁ、実物は見えないけど、一曲どうですか?    思い浮かべながら」
「……桜を?」と聞き返すと、ナガヲは飄々とこちらを向いて、「せっかくだし?」と顎を軽く上げた。
「……うん、じゃあ——」

 それから、二曲歌った。ナガヲのアコーディオン一本と、私の歌。それだけでいい。他に何も要らん。ね、わかるでしょ? お猫さんよ。
「おぉい、ここは演奏ダメだよ〜」
 お巡りさんからイカ焼きの匂いがする。さっさと謝って帰ろう。

©️Onohana
Newtype 4月号掲載 2023年3月10日発売



『夢中のストラット』 作・絵 小野ハナ
アニメ情報誌〈月刊ニュータイプ〉にて連載中!
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