見出し画像

コミケC98エア参加合同誌「少女文学 第三号」小野上明夜サンプル



初コミケ、リアル参加したかったな……という思いを引きずりつつ、本日2020/05/02(土)より頒布開始となる「少女文学 第三号」のご案内です。特集は「少女の出会う謎(ミステリー)」

全体の詳細な案内と通販については、紅玉先生の記事をご覧ください。

三回目を迎え、僭越ながら巻頭を任せていただきました。鈴木次郎先生のイラストが震えるほどに美しい……!!

今回も個人誌に手が回らなかったんですが、以前に出したものについてはコチラで通販を再開しました。よろしくお願いします。

一部では合同誌本体よりも愉しみ……楽しみにされていると噂の居酒屋もあります。

いつもながら神尾先生がみんなに愛されているよ。小野上・いいかげんにしろ・明夜さん? 誰ですかそれ? 私はプロなのでちゃんと商業ではイイコにしていますが?

そういうわけで、イイコにはしているけれどミステリーかどうかは読んだ方の判断に任せたい(予防線)作品のサンプルは以下です。

「嫌よ嫌よも福のうち」

あらすじ

あらゆるものに恵まれて生まれ育った大学生の青芳(あおよし)澄人(すみひと)は、その像を守るため人知れず努力を重ね続けている。今夜もゼミの飲み会でそつなく立ち回り、八方美人疲れした彼は帰り道、女性に殴られている男を見かけて「青芳澄人」らしく助けた。その男との出会いにより、澄人の日常は破壊されていくのだった。

※※※

画像1

 さあさあ今夜も始まります、青芳澄人主演の小芝居。舞台は大学近くの繁華街にある学生向けの居酒屋の大部屋、お題目は「ゼミの飲み会」、スタート!
 江角(えすみ)先輩はとにかく褒める。ベタな言葉でいい。むしろベタなほうがいい。
「もう、よせよ澄人、持ち上げすぎだって! お前みたいになんでもデキるやつにそんなに褒められても、嬉しくねーよ」
「確かに俺は、そつなくできるほうだと自覚してますよ。だからこそ、です。江角さんみたいに一つのテーマにじっくり打ち込んで迷わない、そういう人には勝てないって正直思うんです」
 百野(ももの)先輩は逆にじっくりと話を聞く。ただし相槌はバラエティ豊かに、時には反論しやすい反論も混ぜて。
「ですが百野先輩、こちらも通説ですが……」
「分かってねーな、青芳。通説はあくまで通説なんだって! 最新の研究結果と照らし合わせれば、それは最早過去の遺物なんだよ。お前みたいな頭がいいやつでも、こんな初歩的な確認が抜けちまうんだから参るよなぁ」
 茶谷(ちゃや)先輩には要注意だ。普段のゼミはサボりがちなくせに、飲み会では常に目を付けた可愛い後輩女子の側に陣取って、しつこく酒を飲ませまくる。この人がいるからと、飲み会に来なくなった女子も多い。
「なんだよ青芳、俺より顔が良くて足が長いやつが来るんじゃねーよ。ほーら飯島ちゃん、さっきから酒が減ってな……おい!?」
「失礼、先輩。俺、一度でいいから先輩の酒を飲みたかったんですよね。ですが飯島さんばかりに構って、俺に飲ませてくれないから……」
「てめえ、この間もんなこと言って俺の酒飲んでたじゃねーか! あークソ、そんなに飲みたきゃ飲ませてやるよ!! 一気だ、一気!!」
「だめですよ、一気は禁止です。アルハラですよ? でも、せっかくの茶谷先輩からの酒ですからね」
 一杯だけ、との但し書き付きで注がれたビールをすっと飲み干してみせれば、出来上がった周囲からやんやの喝采が上がる。青芳相手じゃ分が悪いぞ、俺にも飲ませてくれよ茶谷。酔っ払い集団の中に茶谷が引き込まれていくのを見て、澄人はほっと息をついた。
 その肘を、くい、と控えめに引かれた。
「青芳くん、ありがとう……助けてくれて」
 同級生の飯島が、コップ三分の一のビール効果とは思えないほどにうるうると潤んだ瞳で澄人を見上げていた。
「困ってたから、嬉しかった。それに……前からお話ししてみたいなって思ってたの。いつもぴしっとしてて、でも清潔感があって、かっこいいなって……ねえ、二人で抜け出さない?」
 思わぬ展開となったが、大丈夫。こちとら「青芳澄人」役をやって長いのだ。アドリブの一つや二つ、なんなくこなせる。
「こっちこそありがとう、飯島さん。俺も茶谷先輩と話せる機会をもらえて嬉しかったよ。あの人、男の後輩とは話してくれないからなあ。飯島さんもこの機会に、いろんな人ともっと仲良くなれるといいね!」
 誘いに気付かないフリをして、今度は同級生の男子グループに声をかけに行く。合間に、盛り上がる学生たちの輪から放り出されてしまっている教授にも追加注文の有無を聞きに行かなければ。
 古くから続く大地主、地代収入だけで末代まで遊んで暮らせる上に事業家としても成功している青芳家の三男坊。次の社長は長男と決まっているが、子供の頃から天才の誉れ高く、弓道をメインに武道にまで秀でた文武両道の美青年。だがそれを鼻にかけるところなく、程良い気さくさで自然と周りから愛され、必要とされる好青年。
 生まれついての千両役者、誉れ高き青芳澄人の舞台は永遠に続く。
 つまりは地獄も永遠に。

 二次会が終わり、澄人が解放された時にはすでに十時を回っていた。
 元気な者はこのまま三次会に行き、朝まで飲み尽くすらしいのだが、二次会の段階で気力が品切れしていた。笑顔で断れる元気が残っているうちに退散したほうが、好印象を守れると踏んだのだ。この手の小ずるい計算は、昔から得意だった。
「終電は……まだ大丈夫だな」
 駅に向かって早足に歩きながら、乗り換えアプリで電車の時間を確認する。並んだ居酒屋やパチンコ屋の裏手側、人気のない通りを抜けてこのまま近道をしていけば、十五分もあれば到着だ。終電一本前の電車に乗れるし、逃してもまだ次がある。いつもながらそつのない、完璧な計画。
 反吐が出そうになったのは、きっと少しばかり飲み過ぎたからだ。常備している胃腸薬の効き目が悪い。
 無意識に前髪に触れそうになり、慌てて手を引っ込めた。ここはまだ外である。毎朝時間をかけて伸ばし、整えている癖っ毛を迂闊に復活させるわけにはいかない。少しでも人目に触れる可能性があるのなら、期待されている自己像を守らねばならない。
 本当の俺が、小心者で計算高い八方美人だなんでバレたら、今まで愛してくれていた人たちだって呆気なく離れていってしまう。
 気合いを入れ直し、お決まりの自己嫌悪を振り切って進んでいく澄人の鼓膜を鈍い音が引っ掻いた。何気なく通り過ぎた汚いビルとビルの間、狭い通路の奥からその声は聞こえていた。
 酔っ払いが壁でも殴っているのだろうか。しかしそこには、女性のものと思しき嗚咽が混じっている。酒で濁っていた意識がすっと冷めていくのが分かった。
 女性や子供がひどい眼に遭っているのなら止めねばならない。直接は無理でも、警察を呼ぶなどの支援はせねば。
 それが誰もに愛され認められる、「青芳澄人」の取るべき行動なのだから。その思いで澄人は、まずは状況を確認しようと壁際に身を隠し、そっと様子を窺った。
「あんたのせいで! あんたのせいで……!!」
 泣きじゃくる女性の声。背筋に緊張が走ったが、どうも様子がおかしい。彼女が殴られているにしては、殴打によって声が途切れるということがなく、ヒステリックな叫びはヒートアップしていく一方だ。
 一体どうなっているのだろう。身を乗り出し、目視確認しようとした澄人より一足先に、赤い視線が彼を射貫いた。
 白い、というのが最初の印象だ。何で汚れたかも分からぬ壁をバックにしているせいもあって、青さを感じさせるほどに血の気のない白皙の面と、真っ白い髪が浮き上がって見える。
 その中に据えられた赤い瞳。アルビノ、というやつだろうか。外国人としても異質な、一切の色素を持たない美貌が横を向き、じっとこちらを見ていた。僭越ながら美形だ、モテると騒がれてきた澄人の、天賦の土台を必死の努力で磨き続けている顔とはモノが違う。あらかじめ定められたように整った容姿は、人の鑿など受け付けないほどに完成されて揺るがない。
 その、生々しい全てから遠く切り離された顔に、わななく拳が断続的に降り注ぐ。
 男が女性に暴力を振るっているわけではない。女性のほうが、白い男の顔を壁にめり込ませんばかりの勢いで殴り続けているのだと飲み込むまでに、数十秒を要した。そして飲み込んだ上で、澄人は静かにその場を離れ、駅へ向かっていった。
 あの男が彼女を殴っているのなら、最低でも警察を呼ばねばならないと思っていた。しかし現実は逆だった。
 ならば澄人の出る幕ではない。男のほうはとにかく、女性のほうは一般人にしか見えないが、だからこそどんな背景があるか分からない。巻き込まれるのは避けるべきだ。痴話喧嘩か酔っ払い特有のテンションなのかは知らないが、さっきの男が自分でどうにかすべきことだろう。
 どうにかできるのだろうか。
 どうにかできることなら、とうにどうにかしているのではないか。泣き叫ぶ女性の感情は激しきっていた。澄人が来るよりかなり前から、ああして拳を振るっていたのだろうと推測される。
 暴力は何も男から女へ、とは限らない。力の強い女性だっている。女のすることだから、自分は男だから大丈夫だと過信した結果、DVの泥沼にはまり込む例もあるという。中肉中背の、服装も地味な女性だったが、人は見た目に寄らないものだ。
「……ああ、くそ!」
 やっぱりだめだ。あのまま放置しておくなんて、期待される「青芳澄人」の像に反する。数分でその結論に達してしまった澄人は、回れ右してさっきの路地まで戻った。今や男の胸に額を押し付けるようにしながら、拳を振るい続けている女性に声をかける。
「すみません、妙な音が聞こえたんですが、何かありましたか!?」
 暴力行為を見咎めたわけではない。あくまで物音に不審を感じた、という風に装ったが、意味がなかったようだ。第三者の登場自体にはっとした女性が、青い顔で振り返る。
「あ……、私、そ、その……違う! 私のせいじゃない……!!」
 弾かれたように叫んだ女性が澄人と反対側に駆けていく。逆上して掴みかかられることも警戒していたが、ひとたび冷静になれば反応は臆病だった。まるで己が殴られたように打ちひしがれた様の彼女は、あっという間に見えなくなった。
 ようやく解放されたはずの白い男だが、取り立ててその様子に変化はない。彼女の気配が完全に消えたのと入れ替わるように壁から離れ、まっすぐに立って澄人と相対した。
 先の女性の体に隠されていたこともあって、人間離れした美貌ばかりが目に付いていたが、平均より身長のある澄人よりも少し背が高い。年齢も数才は上だろう。骨張った無骨な肉体を、黒を基調とした派手な服に包んでいる。
 清潔感とトレンドを重視した、当たり障りのない澄人の服装とは正反対の、ホストでなければヴィジュアルバンドマンといったところだ。妙に世俗的なファッションセンスが、かえってこの世ならぬ雰囲気を強めている。
「一度はオレを見捨てておいて、また戻ってきたのか」
 薄い唇が開口一番発したのは、内容としては恨み言じみているが、その手の湿度は持っていない。それが余計に、澄人の罪悪感を刺激した。
「わ、悪かったな……痴話喧嘩かとも思ったし、男ならもっと抵抗するかと……」
 一度眼が合ったのは分かっていたが、一応助けてやったのだから言葉に気を付けてほしい。むっとしつつ、しどろもどろに応じた澄人は、そこではたと気付いた。
 男の顔がとてもきれいだ。
 単純な美醜の話ではない。さっきまで彼は延々と殴られていたのだ。相手が女性とはいえ、理性の制御を失った成人に滅多打ちされれば、少なくとも肌に跡ぐらいは付くだろう。
 しかし男の顔はどこもかしこも、何をも寄せ付けない白さを保っている。傷もあざもない美貌に嵌め込まれた、あの赤い瞳がじっと澄人を視ている。
「助けてくれて感謝する、礼をしよう。解決してほしいことはないか。なんでも叶えてやる」
 こつりと一歩、革靴を鳴らして男が踏み出してきた。ついでのように節の目立つ指先で煙草を取り出し、一本くわえる。
 日常的なしぐさであったが、たちまち紫煙を噴き出したそれに、彼はいつどうやって火を付けたのだろう。澄人は喫煙者ではないので煙草には詳しくないのだが、銘柄もメジャーなものではなく、嗅ぎ慣れないきつい香りがただならぬ圧を強めていた。
「け、結構、です」
 無我夢中で首を振ったが、男は取り合わない。
「遠慮するな。お前はいいやつだ。オレは、いいやつが好きだ」
 こつ、こつ、こつ。等間隔で響く硬質な足音は、さながら何かの儀式の始まりのようだった。知らないどこかに続く扉が、音もなく開かれていく予感。
 だが次の瞬間、耳に慣れた着信音が非日常を散り散りにした。はっと我に返った澄人は、慌ててスマートフォンを取り出した。
 画面に表示された名は井上英男。癖のあるゼミの先輩の中でも、一番関わりたくない部類の先輩である。
 それでも、眼の前の男と一対一でいるよりは百倍マシに感じられた。縋り付くように応答ボタンをタップすると、毎度の軽薄な声が聞こえてきた。
『お、今夜はあんまり待たせなかったな澄人。そろそろ俺と遊んでくれる気になったのか?』
 澄人の認識では、井上は先輩の一人でしかない。尊重はすべきだが、ゼミはおろか飲み会にさえ顔を出さなかったくせに、終電も近い時間に何度も執拗に連絡してこられても困る。
『お前も大人の遊びを覚えてもいい頃だよ。金は持ってるんだしさぁ。なあ、行こうぜ、カジノ。大丈夫だよ、店長が俺の知り合いだから。絶対に捕まったりしねーし、初心者は勝たせてくれるからさぁ』
 おまけに彼の誘いは、その百パーセントが違法なカジノへの誘いである。公営ギャンブルでさえ御免なのに、違法なそれになど、誰が手を出したいものか。
「困っているようだな」
 不快さが表情に出たのだろう。目ざとく気付いた例の男が話しかけてきた。
「あ、いや……なんでもありません。先輩から連絡が来たんで、それじゃあ!!」
 連絡が来た、と口では言いながら、再度タップして通話を切った。それでもスマートフォン自体は耳から離さぬまま、澄人は一目散に駅に向かって駆け出した。

※※※

サンプルはここまでです。実際の本文は↓のような感じです。

画像2

先行して描いていただいたイラストがあまりにもすばらしかったので、煙草を本文に逆輸入しちゃいましたえへへ。

対面で頒布できる日はいつ来るかな……ひとまずは通販にて、よろしくお願いします! なお、上述の記事にあるように、今回は通販方法が二種類ありますので、お好みの方法を選択してくださいませ。

header design by ☆

小説家。「死神姫の再婚」でデビュー以降、主に少女向けエンタメ作品を執筆していますが、割となんでも読むしなんでも書きます。RPGが好き。お仕事の依頼などありましたらonogami★(★を@に変換してね)gmail.comにご連絡ください。