見出し画像

二十歳の記憶

昔、私は雑貨屋さんを開く事が夢でした。


その頃は今では考えられないほどの行動力があって
個人で経営している雑貨屋さんへ出向いては
お話を聞きに回ったり、雑貨屋出店の本を買ってみたりと
結構アクティブに動いていました。


でも、その頃の私は所詮10代。
全然OPENするような計画が出来るわけもないので
そうだ!雑貨屋に就職しよう!
そして、正社員を目指そう!
お店の回し方、経営の仕方が学べるはずだ!!



そう思った私は
オープニングスタッフ募集を見つけ応募。



そして、僅か一年で
念願だった正社員試験に合格し
晴れて、雑貨屋の店長に♡



私は本当に嬉しくて嬉しくて
天にまで登るほど気分上昇してたんです♪


初の店長職に昇格。
わずか20歳。
右も左も何にもわかりゃしない年齢。


楽しい事しかないと思っていた
私の妄想がこのあと一気に崩れて行きます


当時、店長を務めていた方が
私の昇格と同時に転勤になり
店長職を教わる相手が突然居ない状況に 汗


それでも、お店を回すために
前店長に電話でアドバイスを聞きながら
必死になって、やってました。


時々くるマネージャーも居ましたが
この人がね、もうね・・
今の私の責任者としての基盤固めをしてくれた
(↑良いように言ってる)
と言っても過言ではないお人なんです。


今でも、あったら
心臓が締め付けられるほど恐怖を覚える相手・・。


今でもはっきりと覚えている
一発目のあのパンチ・・。



・・・・・・・・

あなたの仕事は何ですか?

・・・・・・・・

これね、とあるスタッフの担当エリアについて
質問された時に私が答えた内容に対しての返答です・・。


当時、スタッフも私も担当エリア(売り場)が決まっていて
発注も、ディスプレイも何もかも
その担当者が行うことになっていたんです。


そんな状況の中での、マネージャーからの問い。
私は素直にこう答えました。


「○○さんに聞かないとわかりません」


そんな私に対してマネージャーはさらに
さらに質問を重ねて来たので


「それも○○さんに聞かないと・・」


と答えた結果が、先ほどの
「あなたの仕事は何ですか?」です。


この後もいろいろと言われたんですが
図星でした。
それは当時の私も理解していました。


代表的な言葉は


「あなたのに問題があったのでは?」

です。


そうか、○○さんが出来ないのは
私が○○さんに合わせた指示をしてあげなかったからだ。


そうか、数字(売り上げ)が上がらないのは
私が戦略が甘かったからだ


そうか、この○○さんが成長しないのは
私の能力不足なのか


そうか、全部私が悪かったんだ。


もっと私がこうしてあげてたら・・
もっと私がこうなってれば良かったんだ・・
もっと私が能力高ければ良かったんだ・・


ってことは


私のせいで店がうまく回らないんだ
私のせいでこの人が成長できないんだ
私のせいでマネージャーに迷惑をかけているんだ
私のせいで。。


私なんていない方が
みんなが幸せになるんだね。


もう、店長降りたいよ・・
もう、辞めたいよ・・・


って考えちゃって
あんなに楽しかった仕事に行くのが辛くなって
バックルームでよく一人で泣いてたな・・。


そして私は5年務めたそのお店を退職しました。


そう、責任者という重圧から逃げたのです。
25歳、2月の出来事です 笑


今でも覚えてるーー
マネージャーに辞めますって電話するが怖くて
メールで辞めますって言ったら
恐ろしいほどのシンプルな返信メールが 汗


「そんな大事な話をメールでする事ですか?」


すぐに、電話したよね 笑
めちゃめちゃ電話口で怒ってた・・


こーーーわーーーいーーー 笑


でも、全然言ってることは
間違ってないんですけどね 笑


右も左も分からない
あたふたしながらやってた私にとっては
全てが納得しすぎてて、キャパオーバーだった
ってだけの話。


今となっては、感謝してます♡


そんな、とんずらした私には
この後も色んな試練がやってくるのです。


そう、ちょうどこの時期(25才〜)
太陽の発達年齢領域スタートです。


私が、どうこの時期を過ごしていたか・・
濃ゆい濃ゆい太陽期でございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?