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土の記憶 其のニ

9月初頭、標高1900m級の山々の山頂付近を通る一本の道を歩いていた。すでに、4日間山道を歩いていた私は、コンクリートで固められた道をただひたすらそれに沿って歩けばいいだけの環境に安心感を覚えていた。迷うこともなければ、足元も平らで次はどこに足を置こうかなんて考えなくていい。

心の余裕ができたのだろうか、私はこの山の斜面を削りコンクリートで固められた一本の道について思考を巡らせていた。毎夏のように降り注ぐ大雨に伴う土砂崩れ。それは道路に向かって流れ込み、その道を通るものを困惑させる。人々は慌てて土砂を道路の脇に追いやり、車が通れるように整備する。さらには、再び土砂が道路に流れ込んでこないよう斜面を巨大なコンクリートで覆い、固める。毎年、毎夏、そのコンクリートの数は増えていく。

山と山を繋ぎ、蛇行する道。私が歩いたコンクリートの下にも、斜面を覆うコンクリートの向こう側にも確かに何かが存在している。土があり、木の根が張り巡らされ、生命が宿っている。

いや、もはやその呼吸は途絶えてしまっているかもしれない。人が呼吸をするために。


あるジブリに登場する女の子は、超人間的で絶対的な力を手にしようとするクレイジーなやつにこういった。

「土から離れては生きられないの!」


5日間もお風呂も入らずに山道を歩いていると、足の指の爪は土で黒くなり、身体からは土の匂いがしてくる。靴の中にも土が入り込み、気付かぬうちに口から入り込み、体内にまで土が侵入してきている。日が暮れて、テントに入り寝袋に潜り込んでも土の匂いがほのかにする。「懐かしい」と私は感じていた。土の匂いが懐かしいだなんて、何事かと一瞬思ったが、普段の生活を思い返してみるとそう思うのも不思議ではないことに気がついた。

土に触れることなんてほとんどない。家から職場までの道のりも舗装されたコンクリートの道だけだ。家でも、仕事でも土を感じることなんてない。人が住む家も土から遠く離れ空に近づき、緑どころか土、いや大地そのものとの距離がどんどん離れていっているように思える。

土から離れてしまった人類の未来はどんなものなのだろうか。


そんなことを考えながら、将来、息を途絶えた時には火葬ではなく、土に還りたいと密かに願っていたりもする。


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