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異次元のコントロールの良さでカンザスシティロイヤルズの絶対的な守護神となり野球界にクローザーを定着させた草分け的存在は遅い球とシンカーを駆使した変則アンダースロー ダニエル・レイモンド・クイゼンベリー

女一匹野球道

おはようございます。今日、取り上げるのは、
クローザーの草分け的存在にして
カンザスシティ・ロイヤルズの絶対的な守護神
ダニエル・レイモンド・クイゼンベリーです

https://www.youtube.com/watch?v=KuA045Zj0IQ&t=197s

1953年、カリフォルニア州サンタモニカで生まれた
クイゼンベリーは、1975年、ラバーン大学から
カンザスシティ・ロイヤルズに
ドラフト外で入団すると、
1979年7月8日、メジャー初登板を果たしますが
この年は32試合に登板して3勝2敗5セーブという
成績にとどまり、球速がなく変化球も平凡と
言う評価を下されました。

しかし翌年、ジム・フライ監督の奨めで
アンダーハンドにフォームを変え、
シンカーとナックルを身につけるとこれが大成功、
1980年は75試合に登板して12勝7敗33セーブの
活躍でヤンキースのゴセージとセーブ王を
分け合っただけでなく、
ワールドシリーズ進出も果たして
一気にメジャーを代表するストッパーと
なります。

翌1981年は日米野球のアメリカ選抜メンバー
として来日すると日本の打者を苦しめ、
ストが開けた1982年は
魔球シンカーが冴えわたり
2度目の最多セーブのタイトルを獲得しました。

さらにもう一段ギアを上げたクイゼンベリーは
翌年、メジャー史上初のシーズン40セーブを
クリアするなど、ここから
4年連続でア・リーグのセーブ王に君臨、
1985年には球団創設以来初めての
ワールドシリーズ制覇に貢献したのです。

特筆すべきはそのファーボールの少なさで
9イニング平均1.4個というコントロールの良さは
メジャーリーグでも異次元の存在でした。

1986年以降はやや成績を落とした事もあり、
中継ぎに降格してセントルイス・カージナルスに
移籍、さらに
サンフランシスコ・ジャイアンツに
移籍するなど
転々とした1990年4月23日、現役を引退し、
詩人として活動していましたが
1998年、ガンにより45歳の若すぎる生涯を
閉じたのです。

守護神には珍しく、135キロ程度の
スピードボールで
ほとんど三振は取れませんでしたが、
メジャー屈指の制球力と魔球シンカーで
凡打の山を築き、水島新司の野球漫画
「野球狂の詩」に出てくるドリームボールのような
極端なアンダースローで真下に近い角度から
空中に舞い上がる予測不能な球筋により
打者に付け入るスキを与えませんでした。

1920年代、アンダースローで通算208勝を
挙げたカール・メイズの投球が打者の頭部を
直撃し、死亡事故を起こした事から
下手投げ(したてなげ)は打者にとって
ボールが見づらく危険な投球スタイルとされ
一時は絶滅危惧種になりましたが
1969年以降、マウンドの高さが5インチ
低くなると、
その特性を生かそうとアンダースローが
復活したのです。

そんな時代背景の中から誕生した
スーパーマリオに似た男は、長い名前から
Quiz(クイズ)のニックネームで親しまれ
チーム防御率が4.08という状況の中、
ひとり2.57と孤軍奮闘、
メジャーリーグ史上最高のサブマリン投手と
称されました。

最優秀救援投手賞に5度輝き、
通算244セーブを挙げたファイアーマン、
ダニエル・レイモンド・クイゼンベリー

いかがでしたでしょうか?
これからも頑張って更新していきますので
チャンネル登録よろしくお願いいたしますね!
このたびはご視聴、ありがとうございました。
それではまたお会いしましょう!

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