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ペドロ・マルティネスという男

割引あり

今日、取り上げるのは、
サイ・ヤング賞3回受賞の異次元投手
ペドロ・マルティネスです

1971年、50セントのバス代もなく木の下に座っているだけだった
というほどのドミニカの貧しい家庭に生まれ、両親と
5人の兄弟とともにヤシの木で作った家で育ったペドロは
家族を助けるために裕福な家庭の使用人や荷物運びなどをしながら
大好きな野球を続けると
1988年、ロサンゼルス・ドジャースと契約。
4年間のマイナーリーグ生活を経て
1992年9月24日、メジャーデビューを果たしました。

翌1993年には頭角を現し、主にリリーフ投手として65試合に登板、
10勝を挙げる活躍を見せましたが体が小さすぎて大成しないという理由で
モントリオール・エクスポズにトレードされると、

移籍したエクスポズでは先発となり、11勝5敗と一気に才能が開花、
1996年には初めてオールスターゲームに選出され、
8月29日の古巣ドジャース戦ではエースとなった兄の
ラモン・マルティネスと兄弟対決も実現させました。

1997年は8連勝など絶好調で17勝8敗、防御率1.90、305奪三振
という驚異的な数字を残して投手として最高の栄誉
サイ・ヤング賞を受賞すると、その年のオフ、
6年総額7500万ドルという投手としては当時史上最高額の契約で
ボストン・レッドソックスに移籍します。

移籍1年目、自身初の開幕投手を務めるとそこから5連勝を
含む19勝を挙げてチームのワイルドカード獲得に貢献、

1999年も前半戦で15勝を挙げ、30勝を達成するのではと
騒がれるほどの無双状態となり
最終的に23勝4敗、防御率2.07、313奪三振の圧倒的な数字で
タイトルを総なめしただけでなく、2度目のサイ・ヤング賞も
獲得したのでした。

翌2000年もペドロの活躍は止まりません。
リーグ最多の4完封を含む、18勝6敗、防御率1.74で、
防御率2位のロジャー・クレメンスが3.70だった事から
彼だけ別のリーグで投げていると形容されるほど。
さらにWHIP(ウィップ)に至っては史上最高の0.74という
驚異的な数字を叩き出し、3度目のサイ・ヤング賞に輝きます。

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