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ウォーキングは心の瞑想

1秒に2歩の速さ(つまり早歩き)で歩くと5000歩超えたあたりで脳内から恋をしてる時と同じ成分が分泌されるとか。これを本で読んで以来、24歳の頃から現在にいたるまで、多少のアップダウンはありつつもウォーキングは意識的にしています。昔読んだ本に、運気とヒップは同じように上がっていく、、というフレーズがあり、そこに惹かれてせっせとやってきました。
個人的には10000歩越えると、身も心もなんとも言えぬスッキリ感を味わえて、どんなに落ち込んでいても立ち上がる気力が湧いてくるのもあり朝10000歩を心がけてます。
今日は思いがけず、娘が小さい頃のママ友とウォーキング中に遭遇しました。
明るくて気立の良い彼女との再会も束の間、「乳がんになったの。そして無事手術を終え、勧められたウォーキングをしてるところ」という話になりました。
内心私は「あぁ、また"自分を愛して"を渡したい人がここに」と思ったのでした。
「自分を愛して」とは、辞書のような、一家に一冊あるとずっと引き継げるような本です。
長女が幼稚園の頃。ママ友のやりとりに戸惑い悩む私に、親友が「今さ、目にトラブルが起きてるね。"見る目"を養わなくちゃ、自分を愛してっていう本読んでみてよ」と言ってくれて以来のバイブル。
乳がんというインデックスはなかったものの、癌はありました。
癌だけではなく、病は気からという遥か昔からの言葉どおり、過去のガマンや怒りから症状は出るもののようです。
身体というのは思ってる以上に強く、賢く、素直なもの。きちんと傷跡を治せる力もあり、何十年も前のことが今になって蓄積されて出ることもあることから、ガマン強い。そしてやはり最後は症状として。出すところが素直なところ。「最後らは症状」です。
症状になるのは最後なのです。
その前に痛みや違和感や、疲れや怒りや悲しみがなかったでしょうか?もしそこで「待てよ、これは何か違う」と気がついたら?
その身体を、いたわるのは誰ですか?
その頑張ってる身体を大切に扱い、信じ、励まし、喜ばせるのは誰ですか?
他者に頼む事には及びません。

いつだって、自分にそのチカラはあります。

心が見た目を作るのはいうまでもなく、真実です。
では今から、自分が自分を誰よりも大切に良き理解をむけて「ありがとう」しましょうかね。
するとすべて、もし今不調があっても素直なカラダは応えてくれます。
わかっよ、と。

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