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雑記(夢遊病の記録)

 生きている間、大体の病気なんて、そもそも縁遠い気がしている。実感がない。癌とか、肺炎とか、それこそ、今流行りの何某とか。勿論、いつかはなるのかも知れないけれど。

 外部の要因で傷ついたり、ショックを受けたりする事は少ないものの、私は精神面に於いて脆弱で、勝手に浮き沈みする。殆どは沈んでいる。バス・ドラムに掛けるイコライザーの波形みたいな。私ならこんな例えは小説じゃ使わない。
 で、今年二〇二〇年、八月中旬。おかしな事が起き始めた。これが夢遊病だと確信するのは少し後。まさか自分が、とはよく言うけれど、「まさか自分が」「夢遊病に」なるとは、それこそ夢にも思っていなかった。

 夢遊病、認知度の高い病名だと思う。病気と言うより「不思議な現象」、オカルティックな感じがするからだろうか。正確には「睡眠時遊行症」、と言うらしいけれど、ここでは夢遊病で統一する。
 夜中に自分がした事を、覚えていない。本人はずっと寝ているつもりなのだから。そして何かが起こっても、起きてから目にする景色に証拠が残っていないと、自分では気づけない。だから本当は、もう少し前から、もっと前からだったのかも、知れない。
 
 ちなみに、私は現在クエチアピンとトリアゾラムの二種類、就寝前に薬を飲んでいる。トリアゾラムは変えて貰ったもので、その前はゾルピデム。ただ、どの薬にしても夢遊病の薬物原因になり得るらしい。夢遊病の診断には「薬物原因がない」と言う項目があるみたいなので、純粋な(?)夢遊病ではない可能性もある。
 けれどいずれにしても、「寝ていると本人は思い込んでいる間の行動」、夢遊病の実体験として、どんな事をするのかを記録して行こうと思った。実体験には価値があるし、興味の意味では面白いから。
 勿論、私が気づける範囲でしかないけれど。
 

 八月中旬(日時記憶せず)
 
 普段、寝る前に眼鏡を置いているテイブルがある。逆に手の届く適切な置き場はそこしかないので、必ず置いた。目が覚めると眼鏡は見当たらない。「眼鏡を探すのに眼鏡がない」は世界三大不便の一つだけれど、私にはスペアがあるので、それで探した。
 やっぱりテイブルの上からは失われている。近辺に落ちてもいない。寝相で轢いたりもしていなかった。一旦諦めてお手洗いに行こうとすると、その途中で偶然にも見つけた。ゴミ箱の隣、捨てようとしたみたいに放り出されていた。床の上にじかで、畳まれてもいなかった。
 テイブルは、部屋の南側にある。一方ゴミ箱は北側、玄関と繋がる引き戸の横で、これ以上ないくらい、正対の位置。私はネガティヴの煮込みだから下を向いて歩いていたので気づいたけれど、普通に踏んでいた可能性も大いにある。
 これが、最初の異変。ちなみに残りの世界三大不便は知らない。


 八月中旬(日時記憶せず)

 起きて目をこすると、砂利の一粒みたいな感触が手に触れた。軽く引っ掻いてみるとそれは簡単に落ちて、小さな血の塊だった。鏡で確認すると、どうやら目の上を切ったらしい。どうしてだったか、ふと左の掌を見ると、拭った感じの掠れて乾いた血の痕がはっきりあった。服とかじゃなくてよかった。
 ただ、その日はちょっと汗を拭いたり、顔を洗って拭く度に潰れた蟻程の血が布についたので結局萎えた。
 ここまでは、寝相とか寝ぼけているとかで、まだ説明出来そうだった。


 八月一八日・朝
 
 スマートフォンに、謎のスクリーンショットが保存されている事を確認。遡ると、現象は一四日から起こっていた。ホーム画面だったり、タブ選択画面だったり、ツイキャスの配信画面だったり。ちなみに、そのスクリーンショットに写った配信画面のコメント欄は、全く覚えのないものだった。
 05:02 08/14/2020
 04:02 08/16/2020
 04:09 08/16/2020(同日)
 03:54 08/17/2020
 03:25 08/18/2020
 それぞれのデイタはこうなっている。私の場合、三時半から五時の間に夢遊病が現れるみたいだ。同日の七分を空けて撮ったものは違う画面になっていたので、動かしている様子だ。行動は本当に謎だけれど、貴重な情報なのかも。と言うかスクショってコマンド難しくない? 普段でもミスるよ?
 以降、この現象は途絶える。誰かの配信を開いてしまっている以上、意味不明な、或いは意識不明なコメントをしてしまう可能性もあった。今はわざとスマートフォンを遠ざけて寝ている。

 
 八月二一日・朝

 食卓に、開封された冷凍餃子。八つがなくなっていて、残り四つはずっと放置されていた為に温くなっている。フライ・パンや食器類は見当たらなくて、食べた記憶も勿論ない。ただ、事実が明らかに食い違って(天才的なギャグ)いるし、そもそも残したとして冷凍庫に戻せよって感想しかない。
 あまりにも理性の欠けた行動だった。確信してしまう。

 
 八月二八日・朝

 ポットの味のり、丸ごと八〇枚完食。ごっそさん。勘弁してくれ。
 完全に狂った行為。味のりだけ食べ続けて一晩でポット涸らす事ある? ダイエット中の巨漢のおやつか?
 醤油も蓋が開いた状態で転がっていた。ボトルを押して出すタイプの商品だったから無事だったものの、普通の醤油だったら卒倒していたと思う。見られたら殺人現場だよ。
 完全に正気の沙汰ではないので、冷凍餃子もそのまま食べたんじゃないかと言う疑いが生まれる。下手したら世界初の試みかも知れない。「冷凍のままの餃子を八個食した」はギネス狙える。
 双方、結構な大仕事だ。私は普段、何分、何時間夢遊っているんだろう。


 八月二九日・朝

 とても眠りが浅く、中途覚醒した事も記憶にあるし、五時台に起床。いつもよりずっと早い。視認する範囲では異変なし。夢遊病は前半のノンレム睡眠時に起こりやすいらしいので、それがなかったのかも知れない。


 これで、今書いている本日まで。想像ではなく、現実に起こっている事だから、こんなリアリティーも、創作とか、別のものに活かせたらいいなと思う。
 治るのかは分からないけれど、何かあれば、これからも記録して行くつもり。


 追記

 一〇月二一日・深夜~朝

 夢遊病は記憶がない、と言われているけれど、どうもある。もしかしたら自分が体験した事を、夢として覚えているのかも知れない。
 トリアゾラムがどうもよくないと踏んだので、ゾルピデムに戻して貰って以降、今日まで夢遊病の現出は(恐らく)なかった。久し振りだ。
 私はなぜか全裸になって、つまりわざわざ服を脱いで歩き回っていた。その時、足を縺れさせて転んだ。右肘と右膝に、擦りむいた様な傷がある。起きてから、おかしなところに上衣が脱ぎ捨てられているのを見た。
 全裸で歩き回っていた、と言うのは、私の誤認である可能性も否定出来ない。けれど実際、右肘には就寝前にはなかった、人差し指の長さと同じくらいの、随分と大きな傷跡がある。
 実際、トリアゾラムが圧倒的に相性の悪い薬だったのだとは思う。ただ、起きる事は起きた。おかしなのは脱衣した点だけで、それまでの明らかに不審な動きではなかった。単に動いていただけなのだから。
 また何かあれば、全てこの追記として以下に纏めて書いて行こうと思う。


 一〇月二九日・朝

 明確ではないものの、暴れた形跡がある。ゾルピデムとクエチアピンを飲もうと思って、間違えてゾルピデムを二錠出してしまったので、まあいいかとそのまま、クエチアピンも出して服薬した。今回はそうして症状が現れたらしい。当たり前だろ。


 一一月一九日、或いは二〇日・朝(記憶せず)

 眼鏡とヘアー・ゴムを失くした。眼鏡はスペアーがあるからいいものの、正直気に入っていたので困る。未だに見つかっていない。
 スペアーの眼鏡はロッチ中岡度が八倍くらいになるのでもうロッチ中岡。


 一一月二二日・朝

 スマートフォンがベタベタしている。何かをこぼしたらしい。恐る恐る嗅いでみると、クリーム・ステューの様な匂いがする。こぼすものおかしいだろ。
 ヘッドセットのマイク・スウィッチ(ミュートにしたりしなかったりするあれ)も突然滑りが甚だ悪くなり、通話のオン・オフがもの凄く不便になった。初めて夢遊病に対してブチギレています。


 一一月二六日・朝

 両手の親指の爪(だけ)が切られている。爪切りではあるけれど、初めて刃物を持った(と自認した)瞬間。
 親指だけとは言え、もしかしたら自分で切ったのでは? 忘れているだけなのでは? とも考えたけれど、キーボードを打った時の感覚に違和があるので、多分そう。
 シンクに覚えのない丼がうるかされていて、小葱やら胡麻やらが散見された。どうも袋麺を食べたらしい。火まで使いやがった。
 私は爪の下にある薄皮みたいなものが爪の根元と癒着(?)していて、深爪が出来ない。その皮、肉なのかも知れないけど、切る時に誤って挟むと普通に痛い。だからいつも、その皮に沿って切る。少し注意深い作業だ。
 こうして見ると夢遊病、実際に起きているのとそこまで変わらないんだろうな。意外と器用なものらしい。