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思い出の、海老天。

資源の少ない街の中の、そのわずかな支援が、私の退職で無くなるとしたら。私は最後に何をしたらいいんだろう?


訪問看護ステーションに勤務していた頃、長くお世話になったご家族がいる。

母子家庭で、嚥下障害を持つAさんと、熱心に支えているお母さん。その2人と私の3人で駆け抜けた2ヶ月の話をしようと思う。

食べられないと言う選択

ある年、Aさんは誤嚥性肺炎になり入院した。
元々重度の嚥下障害があったため、経口摂取していることを驚かれるような状態だったが、母の努力もありなんとか自宅で過ごしていた。

しかしその努力むなしく、とうとう入院となった。
しかもその症状は重く、医師からももう経口摂取は難しいと言われ、胃瘻の選択を迫られた。

なんとしてでも家へ連れて帰りたいお母さん。
Aさん自身も、ストレスで看護師に当たり散らしている。

胃瘻にしたら家に帰れるということもあり、お母さんは胃瘻を受け入れることになった。

しかしちょうどその頃、Aさんの長い入院期間のうちに、私は12年勤務した訪問看護を退職することを決意していた。

残された2ヶ月という時間

胃瘻の手術が終わり、母は看護師の指導のもと、注入の手技を必死に学んだ。
ようやく状態が落ち着き、在宅生活ができると判断され退院となった時は、もう私の退職までわずか2ヶ月しか残されていなかった。

退院前カンファレンスでは在宅での経口摂取再開には、入院先スタッフは全員否定的であった。STの訪問は組み込まれていたが、その理由は慢性的に唾液で誤嚥しているほどの重度嚥下障害だったからだ。

けれど私は「絶対に退職までに経口摂取の道を作る。」
そう決めていた。

不足する資源の中で

なぜ私がそこまでしたかというと、Aさんのリハビリを引き継いでもらえる場所がなかったのだ。

引き継いでもらえない理由はのひとつは嚥下障害が重度すぎること。吸引機ひとつない在宅という状況ではハイリスクなのだ。
そしてもうひとつの理由は、在宅で嚥下を見るSTが、市内に少なすぎるのだ。地域資源が足りなさすぎた。

今でも状況はほとんど変わりないが、当時、私が退職すれば地域の嚥下リハについての資源はほぼゼロになる状況だった。
実際、退職を地域の関係者へ報告した際、多方面から色々言われたりもした。謝るのもお門違いな気もするけど、謝るしかなかった。

でも、やりたいことがあるんだから。
そう胸に秘めながら、ひたすら謝っていた。

そんな状態だったからこそ私がこの2ヶ月でやり切るしかなかったのだ。

エビの天ぷらが食べたい

退職までの2ヶ月、それはもう必死でAさんの嚥下訓練に励んだ。

正直に言う。
とても怖かった。
最重度に近い。何食べても誤嚥する。

でも「エビの天ぷらが食べたい」と言う。

その状況で、リスクを伝え、食べられる方法を見つけ、その調理の指導をし、母とAさん本人へ嚥下に関するリスク管理についての指導をひたすらした。
疾患の関係上、訓練しても嚥下機能の回復は正直厳しいところだった。

それでも食べたいAさんと、食べさせたいお母さん。
それを2ヶ月という期限の中でサポートするという、ちょっと異常な緊張感の中訪問していた。

ずっとずっと。

2ヶ月後、どうなったかというと。

食べられるようになっていた。
エビの天ぷらが。

もちろん食事全量ではなく胃瘻との併用だが、経口摂取可能レベルまでは追い上げた。

別に私がセラピストとして優れていたわけではなく、純粋にあの時は2ヶ月という期限の中で、何か追い立てられるかのように三人一致団結して「食べる未来」に向かっていたように思う。

その後、いよいよ私の退職となり最終訪問の日を迎えた。

お別れの日にAさんやお母さんから、私は感謝の言葉をもらえた。
…と思いきや、全く逆で、怒られた(笑)

地域資源がなくなることに腹立たしさを感じているようだった。

なんとも後味が悪いとも言える状態で、お世話になりましたと頭を下げて自宅を後にした。

それから数年。あれだけ重度だったし、今頃どうなっているんだろうと思っていたが、ひょんなことで再会した。

Aさんは、食べていた。
エビの天ぷらを、同じように。

あの時の緊張感に包まれた訪問は、意味があったんだと嬉しくなった。

Aさん応援しているぞ。しっかりまだまだ食べるんだぞ。
私も応援してもらえるように、まだまだ頑張るんだから。

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