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【おどろ木小学校の七不思議】第三話:トイレの泰子さん

部室から出た志郎は、出口の『知恵の鏡』へ急いだ。
この後、三島と2人で行動するのは気が重いが、彼女の機嫌がこれ以上悪くなることは避けたかった。同級生の三島穂乃果とこれまで話したことはなかったが、先の数分で若干、苦手意識が芽生えていた。
棚の間を体を横向きにして素早く抜ける。
『知恵の鏡』がある壁面に出ると三島の姿もうそこにはなかった。志郎は鏡から階段に人がいないことを確認して、慌てて飛び出した。階段の踊り場に出ると、夕陽が顔を照らし、思わず目を細める。
「こっち」ぶっきらぼうな声が聞こえた。声の方向を見上げると、夕陽の影になった三島が3階に立っていた、そして志郎の到着を待たず廊下の方へ歩き出す。階段を駆け上がり三島に追いついた後、少し距離を空けて志郎は歩いた。

放課後ということもあって、人は誰も残っていない、その静けさがより気まずさを増していた。沈黙に耐えかねて、志郎が尋ねる。
「あのー、どこに向かっているんですか?」
「3階の女子トイレ」三島がズバッと答える。
「ていうか『トイレの泰子さん』に会いに、3階に来たんだから分かるでしょ。あと何で敬語?」
「え?!その…話したことなかったから」志郎は気圧されながらも、佐伯との会話で気になっていたことを聞いてみた。
「何でずっと担当者がいない…の?三島さんもすぐ辞めたって」
一瞬、間があいた。志郎は聞いてはいけない質問だったのかと肝を冷やした。
「私が悪いみたいに言わないでくれる。知らないだろうけど、あいつは…」三島は大きく息を吸い込んで。
「超・絶っ!面倒くさい奴だから!!」
三島は『トイレの泰子さん』への怒りが再燃したようで、愚痴が止まらず、志郎は黙って聞いているしかなかった。

三島によると、『トイレの泰子さん』は3階女子トイレの1番奥の個室にいて、ノックをしてから「泰子さん」と呼びかけると、基本相手に罵声を浴びせ、稀に陰気な生徒の相談に乗る、そういう怪異らしかった。元はかつて、おどろ木小学校に通っていた沢田泰子という控えめで大人しい女子生徒が、トイレで日頃の恨み節を吐く姿が噂となり生まれたとのことだった。
志郎の拍子抜けした顔を見て、三島が言う。
「“固有の七不思議”とか格好つけているけど、要は変なのばっかりだからね」そうこう言っているうちに、二人は3階女子トイレに到着した。

三島が扉を開き、先に入室する。しかし、志郎は立ち止まって動けないでいた。今頃になって、女子トイレに入らねばならない事に気付き、尻込みしていた。
(女子トイレに入る所をもし誰かにに見られたら)
志郎は、佐伯と司馬がこの七不思議と関わらない理由が分かった。
「早く入りなさいよ」
三島に急かされ、志郎は恐る恐る女子トイレに入った。三島は「やってみて」と、奥の個室を指差している。志郎はなるべく平静を装っていたが、いけない事をしているようで、ずっとソワソワしていた。その様子を見て、三島が細目で言う。
「なに意識してんの?気持ち悪っ!」
なぜバレたのか!!と志郎は驚いたが、トイレの鏡に映った自分の顔はガチガチに強張っていた。志郎は赤面しながら、個室の戸をノックする。
「えーっと…泰子さーん」反応は一切なかった。
すると三島が呆れたように。
「花子さーん」三島が別の名前を呼んだ直後、女子トイレに怒り狂ったようなうめき声が響いて。
「誰が花子じゃー!!」個室の扉が勢いよく開いた。志郎の前に現れたのは、長くうねった黒髪が腰まで届いた長身の女性だった。くすんだ白のワンピースを纏ったその身体は、痩せ細り、頬がこけて頬骨が目立つ。顔に掛かかった前髪の合間から、妙にギラギラした目が志郎を睨みつけていた。
「出てこない時は、こうやって呼べば出てくるから」
泰子さんが、三島に気付いた。
「そいつ、下の階にいる花子さんへのライバル意識が尋常じゃないからね。花子さんが全盛期の頃は、嫌がらせで大変だったらしいよ」
「黙れビッチ!!二度と来んなつっただろーがぁ!!!」
「あ゛ぁっ(怒)」
「ひ〜ん」
喧嘩腰で挑んだ割に、三島が凄むと、泰子さんはうずくまって怯えていた。どうやら苦手なタイプらしい。
「私だって、好きで来たわけじゃねーし。今日来たのは、新しい担当を連れてきただけだから。そこにいる伝承クラブ、新メンバーの…」
三島が言い切る前に、泰子さんは起き上がり、志郎をきょとんとした顔で観察していた。そして、喉奥が見えるほど大きな口を開けて、絶叫した。
「いぃいやぁぁぁぁ〜〜!!何で男が女子トイレにっ!!!痴漢よ、変態よ、ケダモノよぉぉぉぉ〜〜!!」
耳を塞ぎたくなるほどの金切り声に、志郎は顔をしかめた。パニック状態の泰子さんを落ち着かせようと、志郎は途中になった自己紹介を続けた。
「あのっ!!4年生の守谷志郎です。よろしくお願いします」
数秒の沈黙が流れ、志郎と泰子さんが見つめ合った。そして。
「きぃぃやぁぁぁ〜〜!あんたどこ見てんのよぉぉ〜〜!!!」泰子さんは腕で胸を隠して、再びヒステリックに叫んだ。志郎は三島が面倒くさい、と言った意味が分かった。
「ほらね。こういう奴だからさ、私はもう関わりたくないの」三島はそう言って、出口に向かって歩き出した。ドアを開け、振り返り。
「じゃあ、後はよろしく!!頑張ってね新人くん♡」と、ウィンクして去って行く。
泰子さんは、ドアが閉まるのを確認してから。
「はん?ガキが色気づいてんじゃねーぞ」威勢よく吠えて、ガハハハと笑っている。
残された志郎は、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。
なんだか泣きたい気持ちになっていた。

(3話目完)



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