似非インタビュー with 椎名林檎風

──もしかすると、それは既に始まっているのかもしれません。

 八月、都内某所。私は、椎名サイドに指定された高層ビルの一室へと足を踏み入れた。
「こんな時間にお呼び立てしてすみません」
 そう頭を下げる椎名に対し、とんでもないです、と私は即座に否定する。
 椎名は昨年、他アーティストへの提供曲をリアレンジして結わえたアルバム『逆輸入~航空局~』を主軸に据えたホールツアー、そして二十周年記念のアリーナツアー『椎名林檎 (生)林檎博’18-不惑の余裕-』の二種類のライブを開催した。そして、今年に入ってからは約五年ぶりとなる待望のフルアルバム『三毒史』をリリース。そうかと思えば、休む間もなく七月には坂本真綾への楽曲提供として『宇宙の記憶』を発表するなど、端から見ていても多忙を極めている。そんな過密であろうスケジュールの合間を縫って時間を拵える彼女の困難を思うと、当然、私の方が謝り倒して瓦を五十枚ほど頭突きで割りたいような気持ちになる。
 広々とした部屋には、毛足の短い深紅の絨毯が敷かれ、瑪瑙のような不思議な色合いのテーブルが中央に鎮座していた。椎名に促されるまま、深々とした贅沢なソファに身体を沈み込ませながら、私はかつて、椎名が某音楽番組M○ステで、管弦楽がより際立つべく書き直した『おとなの掟』を披露した際の、全体としてデカダンスの風味を感じる舞台セットを想起した。
「良かったらコーヒーでもどうぞ」
 スタッフが持ってきたコーヒーを綺麗に揃えた指で示しながら、椎名が微笑む。そして、マグカップの先には、今回の目玉であるところの白い企画書が置かれてある。ただ、天井の明かりがちょうどリラクゼーション的に薄暗く、書かれてあるはずの文字が私には読めない。
 大きな一面の硝子窓の向こうに、濡れたように赤く発光する東京タワーの姿があった。確か、あの頂上近くでは、椎名扮する物ノ怪が、人間たちの住まう混沌とした下界へと身投げしたはずである。まるで児玉監督が描き出す作品世界の中に囚われてしまったような錯覚が一瞬よぎった。

 この雰囲気に飲まれないようにしなければと己を戒めつつ、私は五月にリリースされたアルバム『三毒史』について触れた。
 椎名林檎の通算六枚目のアルバムである今作は、悲喜こもごもが渦巻く人間世界に対して、五感全てを動員して生き抜くという宣言とも取れる『鶏と蛇と豚』の一曲目で始まり、死の匂いのするかつての夢から書き起こしたという『あの世の門』で終わるまで、計十三曲が収録されている。

──多彩な音楽のエッセンスが散りばめられている今作ですが、それと同時に椎名さんご自身の声も唯一無二の楽器として、今まで以上に様々なアプローチで表現されている印象を受けました。

「演奏者のそれまでの経験値で練り上げた一音、その集積である奥行きある音楽を、私の声がダウンサイジングしてしまう事態だけは絶対にオミットしなければならなくて。声素材の採集に関しては、もちろん気をつけました。迅速、丁寧、高品質。いつも通りです」


──中でも『マ・シェリ』は、仕事帰りにひとり車の中で再生すると椎名さんの声で「おつれさま」と言って貰えることにより、疲労成分の九割が霧散してしまいます。

「お察しします(笑)あれは、お客様を想定した曲でもあるので。フルバージョンの初披露は、博(※『(生)林檎博’18-不惑の余裕-』)でした。初めて鳴らす音の展開に、お客様がどのようなビートで身体を揺らして下さるのか。いわば出会い頭の命の対話ですよね。そこが楽しみの一つでもあって…。だから今でも、こうして書けてるのかしら」


金管群の後奏が魅力の一つでもある『神様、仏様』の次に鳴らされる『TOKYO』は、シンメトリーを意識した曲順の中央に位置するジャズトリオ曲だ。

──『TOKYO』って、大人になって今まさに生きていることは即ち、選ばなかった/選べなかった、過去/現在/未来の亡霊と共にあることなんだ、実は……と、聴き手に対して痛切に喚起させる曲だと思うんです。けれど、切実でありながらも湿っぽさはなく、清涼な通り雨に為す術なく打たれたような後味が残るのが印象的です。まさに椎名さんにしか作れない唯一無二の楽曲であると感じますが、ご自身ではどう思われますか。

「私が作っているのは確かに大衆音楽だとは思うんですが、絶対的に万人受けするものを作ろうなんてハナから思っていなくて。重きを置くべき部分の価値観が同じ方々に、私が狙い打ちして書き下ろしたスイートスポットに憩って頂きたいだけというか。例えば、恋というテーマ一つ取っても、その内容は千差万別であるべきですよね。私にしか通せない針の穴を通したような、選りすぐりの曲でなければ、発表して皆さんに聴いて頂く意味がありませんから」

──いわば人生の暗部に焦点を当てた歌詞の内容ですが、ともすると実体験を反映しているのでは、と訝しまれる点もあるのでは。

「それは、私自身の物語というよりも、お客様ご自身の物語なんじゃないかしら。人間四十年も生きていると、大抵の方が、胸が引き裂かれる絶望も、天にも昇る幸福も、一度は経験しているはず。私は、そんな皆がお揃いに持っている、あるいは持っていた感情をスケッチしているに過ぎません」

──大変失礼しました。

「いえいえ。むしろ、そのような尾ひれをつけて頂ける、広がりある歌詞になっていて幸いな限りです。私には、自作自演屋という昔取った杵柄があって。その面目躍如といったところでしょうか。毎度あり、です(笑)」

──少し脱線した話題なんですが…。
事変のデビューシングルである『群青日和』のアウトロの辺りで私は、「豪雨の新宿の雑踏の中で熱く生命を燃やしている女の子を視ているカメラが段々にズームアウトしていって、最後に残るのは雨に煙る野蛮な冷え冷えとした都市。けれどそこに青く生命を燃やす誰かがいることを私は確かに知っている」みたいな映像が脳内再生されてしまうのですが、個人的に『TOKYO』でも似たような映像を思い浮かべてしまいます。

「群青日和のリリックは、事変の成り立ちを概要説明してくれているような側面もあります。特に意識したわけではありませんが、「東京」や「雨」といったモチーフがリンクしたように感じられるのでしょうか」

──『群青日和』は、「高い無料の論理」を無造作に行使する人々を、それでは寂しくないか? という感じで見ていて。それは、一つ一つの物事を自分の感性でジャッジしたいという、野生を保ち続けているということでもあると思うんです。
それに比べて、『TOKYO』では流れ作業のようにあれよあれよと過ぎていく日常に押し潰されそうになっている大人が描かれています。

「当座凌ぎに必死の人生…」

──そんな遠い目をなさらないで下さい(笑)

「大抵の方の耳が痛くなる言葉でもありますよね。
うーん……立ち位置というか、曲の主人公の年代や持っている指針は異なるものなんだけれど、もしかするとその二曲の共通のものとして、ひりひりするような孤独は挙げられるかもしれませんね。それが消え入りたいような気持ちにさせるのか、誰かを求める気概に還元されるのかといった、アプローチの違いはあるにせよ」

──今はSNS時代ですから、他人の人生が簡単に垣間見えることで、より孤独感を深めるということはあるかもしれないな、と感じたんですが。

「ああ、それはあるでしょうね。『えっ、○○ちゃんの彼氏って菅田将暉に激似じゃん!チキショー!』みたいなやつですよね」

──なんで菅田将暉チョイス(笑)

「菅田くん、お芝居も歌も素晴らしいですよね。元々の素材の良さに、良質な経験値がどんどん掛け算されていく感じで…」

──勿論おっしゃることは分かります。
それで、菅田将暉に激似の彼氏を持つ友達に嫉妬するという設定に話を戻すとして(笑)

「でもそれって多分、私たちの若いときにも似たようなことはありましたよね?」

──ああ、確かにそうですね。

「ね? アナログかデジタルかの違いはあるけど、誰かと比較して己が劣っているように感じてしまうことって、どうしてもあるし。ただ、SNSっていうのは人生の一断片の記録みたいなものであって、人生そのものではない気がしていて。加工され尽くした写真なんて、もはや虚構じゃないですか。もちろん情報共有の速さとか、便利な側面もあるんだけど。
……だから、それを全部が全部鵜呑みにしてしまうと、『それに比べて自分は…』と不貞腐れちゃうかも。特に若い女の子なんかはそうかもしれない。でも、それって本末転倒過ぎますよね。実はとっくに手持ちの材料の中に、幸せになれる要素はふんだんに含まれているかもしれないし……要は己の創意工夫次第ですよね。そのことを忘れちゃいけないと思うんです」

──おっしゃりたいことは分かる気がします。

「野生のままで行こうよ、自分の感受性くらい信じてあげようよ、と。そんな気分に少しでもなってくれたら良いなと思います。曲の中でも散々書いてきましたし、これからも書いていきますが」

──椎名さん結成の野生の同盟ですね(笑)

「そう、野生の同盟だ。まさに。……なんかちょっと違う気もするけど(笑)」

──(笑)。
尽きることを知らないTOKYO談義なんですが、最後に一つだけ言わせて下さい。私は、飲み込んで東京、という歌詞が大好きで。日々変容するある種怪物的な都市の要素と、個人の消え入りたい気持ちとを組み合わせたこの部分は、まさに言葉の発明だと感じました。
そんな練り上げられた銘文と、超絶に格好良い演奏とが両立して曲として成り立っていることが、奇跡にも思えます。

「わ、そんなに言って頂いちゃって。泣きながら書いた甲斐があります。何よりトリオのテイクが素晴らしいですから」


──『急がば回れ』では、作家・椎名林檎としての矜持とも言える内容がざっくばらんに歌われていますね。ヒイズミマサユ機氏の魅惑の低音ボイスとの二重唱も味わい深いです。

「ヒイちゃんのお声、素晴らしいですよね。何よりも温度が最適で。
まあ、曲のことに関しては……己の面子を保ちたいだけの殿方って、恐らくどの業界にもいらっしゃいますよね。なんかお年だけ重ねて裸の王様状態みたいな。素敵に年を重ねていかれる方は、仕事において信頼されるに足る真面目さがあると思うんです。私はそういう方々とだけひたむきにお付き合いしていきたいかな」


──掉尾を飾る『あの世の門』では、死の匂いが濃厚に漂っています。しかし、侵すべからざる神聖な雰囲気さえ漂うブルガリアンボイスと椎名さんとの緊密なやり取りの後の間奏で、唐突にアコーディオンとピアノが挿入されます。あそこで私は、ある種の滑稽みというか、喜劇性を感じました。

「ねえ。アコーディオンという楽器の音色の特色でしょうか。ちょっと洒脱っていうか、江戸前な感性を持ち合わせた楽器でもありますよね」

──まさしくです。

「それに、完璧な喜劇がないように、完璧な悲劇もないと私は思っていて。こういうこと言っちゃうと、よく不謹慎だっておっしゃる方もいらっしゃるんですが、今生かされているということの裏には、絶対的に、そこはかとない死のエッセンスも散りばめられていますよね」

──最後にはきっと一つしか選べない。

「そう。表裏一体なんです。『死』というものを単純に忌み嫌うのではなくて、誰しもが通過しなければならない今際の門があるからこそ、たった今このときに享受している生そのものがより一層輝けるはずで……。
出来れば、死の烙印が押されるそのときまでに、面白可笑しくやりたいことやり尽くして、大往生で逝きたいじゃないですか。
このアルバムでは、辛辣な面を出してるんですけど、普段皆さんが日常生活で知らぬ間に押し隠している感情を具現化するというか、私が提案する音楽という時間の通り過ぎ方を通して、何かしら成仏できる部分があれば良いと感じております」

──私事で恐縮なんですが、椎名さんの音楽にはもちろん即効性もあるんだけど、それと同時に遅効性もあると思うんです。例えば、日常生活のふとしたシーンで、「これは今まさに自分の為だけに処方されている曲だ!」と感じられる瞬間が無数にあって。そんなとき、もう何百回も繰り返し聴いてきたはずの或る楽曲が、とてつもない瑞々しさを伴って耳に飛び込んで来て、人生の伴走歌として鳴ってくれるんです。

「ほんとにもう(笑)やだ……そんなに褒めたところで飴ちゃんぐらいしかあげられませんよ?」

──なんで急に大阪のおばちゃん(笑)いえいえ、本当のことですから。

「ありがとうございます。冥利に尽きます」


 まだ本題へ移行していないというのに、どうやら私は話し過ぎたようだ。椎名の貴重な時間を奪ってまで捲し立てるほどの価値が、果たして私の話にはあっただろうか。気を緩めると自責の念に駆られる余り、瓦を百枚ほど割ってしまいそうである。
 私は、テーブル上の企画書へ再び視線を移した。やはり、この部屋の光の明度によるものなのか、文字が視認できない。手にとって読もうと私が指を伸ばすと、椎名が小さく声を漏らした。

「もしかすると、それは既に始まっているのかもしれません」

 私は椎名の凛とした視線の先を追った。
 神の吐息が吹き掛けられたかのように、東京の明かりが瞬いている。

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