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灯台

《まえがき》

いつも本当にありがとうございます。Twitter(現X)を始めて、本当に沢山の出会いがあり、こんなちゃんと出来ない私に皆さん本当にいつも良くしてくださって、ありがたいやら申し訳ないやら、私がねずみ小僧なら夜中にこっそり皆さんのお宅に小判をばら撒きたい気持ちでいっぱいです。

いつも楽しくおしゃべりしていただいて、とても楽しいトゥイッタライフ送らせてもらってます!감사합니다💜💜!

ところで今回のnoteは少し寂しい内容になりました。

ただこれは、私に刻まれてしまった小さな傷のようなものです。

ちょっと残しておきたくて、そして今日の日に置いておきたくて書いておきました。

個人的な日記のようなものです、読んでいただくのも申し訳ないのに、

せっかく書いたのだからという理由だけで公開します(笑)




光よりも灯



辛い時悲しい時、テヒョンのこの動画を見に行けばいいと思った。

「大丈夫大丈夫、」「また会おうね」

そう言って笑顔で抱きしめてくれる人が私たちにはついている。

頑張っている人の成長を、成功を、世界中にシェアして喜んでくれる人がついている。


応援してくれるファンの気持ちを上回るほどに、彼らはファンを応援してくれている。


「僕は皆さんを応援しています」

D-DAYツアーFINALでそう言って、手を振って舞台を降りたユンギ。


「僕の代わりにみんなの傍にいてあげて」

と、可愛いウットに愛するファンを託し、国務に励む今もなおアミを恋しく思うジン。


「死にたい」

とLIVEのコメントで漏らすファンに

「僕を信じてみてください。人生はすごく楽しくて生きる価値があります。」

と優しく語りかけるRM。


まるで、ぽっと灯る灯のようだ。


いやほんとに、こんなにアイドルを拠り所にする人生になろうとは思いもしなかったのである。


ちょっと私の話。

ああもう、自分語りは……と思いながらも、

すいません。


ある衝撃の台詞との出会い


坂元裕二さんの脚本が本当に好きだ。


ほんの一部でござい

坂元裕二ドラマ脚本一覧


その中でもとりわけ好きな、

【大豆田とわ子と三人の元夫】

https://www.ktv.jp/mameo/

主人公とわ子が子供の時の、今は亡き母とのやり取りの一幕。


「どうしてお母さんはお父さんと離婚したの?」


問いかける小学六年生くらいのとわ子。


その質問に答える母親のセリフが、私の心をひと思いにぶち抜いたのだった。


「お母さんて大丈夫すぎるんだろうね。

1人で大丈夫な人は、大事にされないものなんだよ。

………とわ子はどっちかな?

1人でも大丈夫になりたい?

誰かに大事にされたい?」



とわ子はこう答える。


「……1人でも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい」


非常に健全な答えだ。


この母親のセリフを初めて聞いた時、頭がかち割られたかと思った。



『ひとりで大丈夫な人は、大事にされない』


わぁ、私にはパワーワードだった。



こんなに根に持つことになるとは


その昔、すごく嫌味なく可愛らしいが故にナチュラルにモテまくる友達がいて、(その子とは仲が良かったんですよ)

私はある年上の友人の男の子に、純粋な疑問としてこんなことを投げかけたことがある。


「あの子が私よりも遥かに可愛いのは分かる。性格もいい。だけれど、あの子のモテ方は異次元だ、私とあの子と、容姿以外で何が根本的に違うと思う?顔は置いといてだよ?」(今思えば顔は置いとけないほど重要な要素だったのかもww)

彼の答えはこうだった。


「お前は、1人でも生きていけるやろ?」


強すぎる光を見たように目がチカチカした。

容姿について何か言われるよりショックだったかもしれない。


そうか、私は1人でも生きていけるように見えるのか。

それに対して友人は、いわゆる「放っておけない」タイプの女の子だったと。


モテないことはどうでもいいとして、
この孤独感はなるほど、

いつもすき間風のように冷たく吹き込んでくるような感覚はここから来るのかと

ショックを受けながら妙に納得した。

今ならもう少し褒め言葉として受け取れるだろうか。

私が周りに感じさせているそれはほぼ虚勢から来るものであり、全く大丈夫だったことはない。

でも周りは、私は大丈夫そうだと思ってくれている。

これまでの私は、「1人でも大丈夫そう」と思われているだけで、子供の頃からたくさん寄りかかられてきた。


けれど何度も言うが、全然大丈夫だったことなど、自分的には1度もない。


虚勢を張る癖はもうタトゥーみたいなものだ。


「本当は大丈夫じゃない」と言えない。

心に刻まれて、擦っても取れない。


「本当に大丈夫にならなければ」


大事にされていない

という訳では無い。これは主人や家族、周囲の皆さんの名誉のためにも言っておかなければならない。 

皆とても優しい。

なら何が不満なのかと。

私の不満は私自身に向かう。


私が扉を閉じてしまっているのだ。

助けを求めてみたこともあるのだが、如何せんやり方が下手すぎるのか、上手に出来ない。

「うーん……」と黙りこくられたり、

「じゃあどうすればいいの?」と逆に質問されるのが怖い。


「いや、なんでもない。大丈夫。」


こうして大丈夫じゃなかった過去はなかったことになる。

だから、本物の大丈夫な人にならなければと思って苦しい。

「お母さんは大丈夫すぎるみたい」


ただしそれは、人から見れば。


悲しいセリフだ。

大丈夫であることは、ポジティブなものなのに、

大丈夫すぎると突然、私は心配になってしまう。

大丈夫すぎる人なんて、いないと思うからだ。


逃げる


とわ子の母親には、好きな人がいた。


本当は夫も子供も捨ててでも、そばに居たかった人。
 
でもそうしなかった。  

当たり前に、夫も子供も愛しているからだ。
 
ただ、彼女の好きな人は、


きっと彼女がひとりで大丈夫なわけがないと、わかっている人だと思った。


だからそばに居たくなる。求めたくなる。


とてもよく分かってしまう。


けれど、生身の誰かに逃げ込むことは現実的では無いから、私は推しに逃げ込んでるのかもしれない。

相手に負担をかけることもない。

だけど応援してくれるし、人は大丈夫じゃないことも分かってくれている。

バンタンが居てくれてよかった。

今心からそう思う


People pt.2


スミンはしてるけど、ミュスが最近手薄だった。

久しぶりに歌詞をじっくり眺めた。


この歌詞は御守りだ。


君がそう言ってくれるなら、まだやれそうだよ。

助かるよ、ありがとう。

向こうから返事は無い。だからこそ素直になれる不思議。


人生は前が見えなくて、それでも強制的に前に進まざるを得ない。


遠くの方で、この歌詞が目印になっている。

「あっちに向かおう」

ユンギが自分自身にも言ってあげたかった大切な言葉。

暗い海を進むために、必要な拠り所として灯された灯。

私はユンギの、いや、7人の優しさを灯台にして

また明日からも頑張っていくんだ。


そしてナムさんが言っていた。


「《自分》と友達にならなくちゃ」


自分。


私を1番理解している友達だね、。

ないがしろにしてごめん。

もっと大切にするね。

忙しい思いばかりさせているね、

来年は、きっと楽しく過ごそう。
約束だよ。

韓国でも行く?

お誕生日おめでとう、

いつもよく頑張ってくれてありがとう。


私たち、いつも幸せでいようね。












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