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ホテルユートピアに捧げるショートストーリー

2022/01/10に開催された
昭和ラブホ・平成ラブホ探訪家・逢根あまみさん主催の
#わくわくラブホ文化ガイド
#ユートピア見学会

に参加し「どんなお客さんがどう過ごしてきたんだろう」と思いを巡らせできたお話です。

TwitterなどSNSの上記タグで、参加者の皆さんの素晴らしいお写真や感想をぜひご覧になってください


「愛は心の中に」

 「ねえ、ユートピアってとこ知ってる?ユタカの地元、静岡だよね」隣でテレビを眺めている彼氏へ「#ユートピア見学会」のタグを開いた自分のスマホを向ける。
「んー、どこ?」だらけた息の音が止まって数秒後、画面を凝視して彼は言った。
「ここラブホじゃない?どうしたのナナちゃん」
「違う!ツイッターで回ってきたの!昭和スポット、かわいいでしょ!なに、もう、スケベ!」本心を見透かされたような気がして、彼の肩をポカポカ叩いた。
「自分が見せてきたんじゃん。場所どこ?ここか。あー、うん。わかったわ。回転ベッドあるとこでしょ」
「そう!ほかのお部屋もすごいんだよ、ほら、ロールスルイス?のベッドとかもあるんだって!」
 腕を組み上を向いて目を瞑った横顔にくっついて、ほかの画像も出す。
「ハイハイ」
「これも!かわいい」ジッと見つめると、向き直った彼が口を開いた。
「じゃあ今度行ってみる?」
「うん!」
 どこに泊まれるんだろう、とまだ見ぬ部屋を思って私はワクワクしていた。


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 記念日のお祝いこそしないが、付き合ってもう3年になる。
 大学時代の先輩の紹介で、最初はピンとこなかったけど何度か会ううちに、堅実なのに少し抜けている性格や、顔全体をクシャクシャにするやさしい笑顔を好きになった。
 同い年の子しか知らなかった私には、たった2歳の差がずいぶん大人に思えた。
 1年を過ぎた頃からは、ほぼ同棲しているも同然で、どんどん一緒にいる時間が長くなった。生活が溶け合うほどに居心地が良い。よく“3年目の浮気”なんて聞くが、変わらず仲良くやっていた。ただ、周りよりも落ち着きすぎている彼に、最近は少し物足りなさも感じているのも事実だった。

 そんなとき「昭和ラブホ」というどこかヘンテコでキッチュな世界観に魅了された。
 ラブホテル自体にあまり馴染みがないので、SNSで発信される写真を見るだけだったけど、ユタカはこういうこと、どう思っているんだろう。約束の“今度”までの距離をカレンダーで計って毎日を過ごした。久々の遠出ドライブデート、何を着て行こうかな。


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 去年2人で見た映画にも出てきたハンバーグのお店は百貨店のビルにも入っていること、駅にピアノが置いてあるのは某有名楽器メーカーの本社があるからだということ、夜のお菓子のブランドは実はたくさんあること、自分のお気に入りのお土産はこれであまり知られてないけど県民は納得するはずだということ、この場所でローカルCMの真似をして同級生とふざけていたということ。
 見るもの全てに彼オリジナルの解説をねだるたび、夜が近づいていく。


「もうすぐだよ」
 畑の道を車が進むと、シャチホコが輝くお城が見えた。通り過ぎるとすぐにヨーロッパ風の小さな家がいくつも並んだ建物が現れる。
 オレンジの屋根が夕焼けに染まっていた。
「外観かわいいね。みかんみたい」
「静岡だけにってか。よし、ここ空いてるな。はい、着きました」
 つまらないギャグを聞き流して降りる。

「勝手に入っていいの?」
「うん、これで受付したことになるんだよ」
 細い玄関で靴を脱ぐ。
「おじゃましま〜す」恐る恐るのぞく。
「わ〜!アハハ、写真通り!こんな感じなんだ」初めてのものばかりで、部屋の中を回る。
「ねえ、これ何?」
「これはファミコン。やったことない?」荷物をソファに置いたユタカがなにやら操作する。
「ない!どうするの?」
「まだ動くのかな、こうやって……」
パフパフしたコントローラーを握って試すけどすぐゲームオーバー。

「ユタくん、じゃあ、これは?」
「ゆたあ、こっちは?」
「ユタカさん、お金はどう払うのですか!?」

 一通りの不思議を全部質問して、ようやくベッドに飛び乗った。
「ナナ、探検は気が済んだ?」
 横にやってきたシワシワの目尻を見つめる。
「……まだお風呂見てきてない」
「入ってきたら?俺あとでいいよ」
 何度も2人を往復してきたはずのその一言が、やけに新鮮に感じた。


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 目が覚めて、壁の鏡にぼんやりとした自分が映る。時計を見るとまだ早朝だった。ベッドからそろりと出て、洗面所にいく。冷たい水に濡れた手を温度のないタオルに押し付けて戻ると、ユタカが寝返りを打った。
「ごめん、起こしちゃった?」あくびをする彼にそっと声をかける。
「いや、さっき一回起きたから」
「そうなんだ、私ももうちょっと寝ようかな」
 ふとんの端を掴んで開けてくれたそのスペースに潜り込むと、ギューッとあたたかい腕に包まれた。
「……ちょうど3年だな。正確には先週だったけど」
 驚いて見上げる。
「覚えてたの?」
「それで浜松来たかったんじゃないの?」
「うーん。そう……かなあ」
「なんだよ、それ。俺いろいろ調べてきたのに」おでこに擦り付けられた顎に、うっすら髭の気配を感じる。
「私は……3年目って、えっと、その……浮気とかよく言うからなんか……心配で」消えそうな声をゆっくり上下する胸板に押しつけると、ユタカが体を揺らした。
「笑わないでよ!」
「ごめん、ハハ。……あのさ、オレたち4年目だろ?」冷たい鼻を重ねて、骨張った指が諭すように頬にかかった私の髪を撫でる。
「え?」
「年目ってことは丸何年+1じゃん。あの曲の心配するなら去年だよ。ナナちゃんはホント数字弱いな〜」彼はクククとノドを鳴らした。

 “3”という架空の敵は私の頭の中にしかなくて、勝手にピンチだと思っていた年を私たちは軽々と飛び越していたのか。なんだかタイムスリップしたみたいな気持ち。
 そう気づくと、現代とはちょっとズレたこのホテルのやさしさみたいなものに、自分の仕様もなさも、リンクして受け止められていくようで、なんだか今日が愛おしくなった。
「そっか。調べてたからここの仕組みにも詳しかったのかあ。フフ、ありがと」
「……」
「もしかして来たことあるの?」
「来た……ことはないけど、まあ……ほら地元だからさ」
「ちょっとお!」


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 あっという間にチェックアウトの時間になった。格好つかないやりとりだったとしても、血の通う肌触りがある関係性。それは付き合い始めた頃、私が彼と築きたかった“理想郷”そのものだったのかもしれない。

「写真にあった違う部屋もおもしろそうだったな」
「今度はそっちにも泊まりたいね」

 嗅ぎ慣れないシャンプーの香りに透けるやわらかな陽の光が照れくさい。ユタカの調子外れな鼻歌に重なる車のエンジン音を聞きながら、助手席のシートベルトをつけるふりをして私はバレないように頬を緩めた。

 昨日とは何か違う、ちょっぴりおかしい普通の朝が始まっていく。

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