Official髭男dism『アポトーシス』は私たちが今いる場所を教えてくれる(1)
『115万キロのフィルム』『I LOVE…』『アポトーシス』ヒゲダンのライフ三部作といっていいと思います。藤原聡さんの人生観が音楽に昇華されたこれらの名曲を紐解いてみます。
『アポトーシス』美しい楽曲ですがそのダウナーな印象に最初はいささか引き気味に聴いていました。しかし僕はひとつ勘違いをしていた。この歌で呼びかけている相手「ダーリン」これは、『I LOVE…』では言えなかった「YOU」(人生のパートナー)と同一人物だと思っていました。
しかし、冒頭の歌詞「こんな話をそろそろしなくちゃならないほど素敵になったね」ああ、この関係性は「父親と娘」なんだ、と思いました。娘に「ダーリン」と呼びかける。この藤原さんの歌唱がなんと温かく響くことか。
この解釈をすると、歌詞の世界がガラッと変わり、主人公が一気に歳をとってしまった姿が見えてきます。
「いつの間にやらどこかが絶えず痛み出しうんざりしてしまうね/ロウソクの増えたケーキも食べ切れる量は減り続けるし」
僕は今56歳でこの心境はよくわかるのですが、説明のために他のアーティストの楽曲で補助線を引いてみます。
「あと何回、君と会えるか/あと何曲、曲作れるか/あと何回、食事できるか/今日が最期かもしれないんだ」
KIRINJI 『時間がない』(2018年5月)冒頭の歌詞です。作詞曲の堀込高樹さんは1969年生まれ、この曲の発表時では49歳です。高樹さんが今年になって発表した『再会』最後のヴァースは
「誰だって望んでいるよ/その時を求めてる/嘆きと怒り/諍いの向こうで/また会える日を/Let’s meet again」
この二曲からは、アラフィフのアーティストのコロナ前後の心境が現れています。年齢だけを見据えてまだまだいけると歌う前者と、この厳しい時間が早く過ぎ去って欲しい、と歌う後者。時間に対する感じ方が真逆で、この気持ちのあり方はサウンド面からもはっきりと感じられます。
『アポトーシス』に戻ると、主人公=藤原聡さん(30歳)が、一気に堀込高樹さん(52歳)くらいの年齢にジャンプして、その時の心境を想像力を駆使して描写している、そういう曲だと思います。
藤原さんは、一瞬の煌めきを描くときも、人の一生というスパンが常に頭によぎる、そんな史観を持っている。『115万キロのフィルム』このタイトル自体もそうですし、
「一緒に味わおうフィルムがなくなるまで/撮影を続けようこの命ある限り」
で終わる歌詞にもよく表れています。しかしこの曲は歌唱も若々しく希望に満ちていて、明るさ溢れるウェディングソングのような楽曲です。
それが2020年2月発表の『I LOVE…』になると、これは僕も改めて聞き直して驚いたのですが、藤原さんの歌唱がすごくシリアスで強くて、幸せを夢見ていた頃を卒業して、本当に自分の足で人生を歩み始めたことへの喜びと責任を同時に味わっているような、門出を少し躊躇するような、仄かな恐れとか不安も滲ませる複雑な感情が伝わってくるようでした。(続く)