発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法
2019年度、NPO法人judo3.0は、「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」というワークショップを、全国9か所、新潟、石川、広島、兵庫、東京、愛媛、鹿児島、北海道、三重で開催させていただきました。
写真は北海道での様子。今回は、どんなワークショップなのか、ポイントをお伝えできたらと思います。
第1講 発達障害の基礎知識
自閉症スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動症(ADHD)、限局性学習症(LD)、発達性協調運動症(DCD)の概要、一般的にどのように診断されるかなどについて。
これらは併存していることがあり、また、お医者さんが判断することなので、スポーツの指導者にとって大事なことは、気になってる生徒が該当するか否かではなく、発達障害の可能性があるという視点を得ることで、生徒の行動や態度が、本人の努力不足や不真面目さ、家庭の教育不足などから生じているものではない、という理解を持つこと。
スポーツの指導者は、子どものためを思って指導されています。だから、生徒に気になる行動や態度があったとき、
「不真面目さを今のうちに直してあげないと、本人が将来苦労する」
「本人のために、親が教育できていないことを代わりに指導してあげないと」
「彼(彼女)はもっと努力したら成長できるのに、努力が足りない」
などと考え、「自分が頑張って、厳しく指導しなければ」と思ってしまうことがあったり。
しかし、生徒の気になる行動や態度が「発達障害」に起因するかもしれない、と捉えられるようになると、もっと多面的に生徒と関わることができる。
ワークショップでは小グループに分かれて話し合いをしますが、スポーツの指導者の多くは気になる生徒の指導法について話し合う機会はほとんどないので、「うちの生徒は○○で××で、〇〇したら××だった」という話がたくさん出てきます。
いつも思うのですが、参加者が話す一つ一つの事例が示唆に富み、これを共有するだけで、たくさんの気づきを得られます。
(こういった一人ひとりの指導者や保護者の試行錯誤の経験をケーススタディとして集約できたらいいのに、、手伝ってくださる方募集です!)
第2講 生徒との関わり方
療育として定評のある手法、行動の前後の要因に注目して行動の変容を促す「応用行動分析」の簡単なメカニズムとスポーツ指導におけるポイントをお話します。
生徒を何度も叱って「何回言われたら分かるんだ~(怒)」という指導は効果がない、何回も言っているなら、指導者は生徒が何をするか事前に予測できるし、予測できるなら事前に準備して、うまくいくように介入できるはず、できなかったことを叱るのではなく、できたことを褒める、生徒が「できた」となるようよう、指導を工夫すること、などなど。
ここでもグループに分かれて、気になる生徒の行動や態度を挙げながら、どうしたらいいんだろう?という話し合いをしていきます。
このとき、グループごとに寸劇をやってみることも。ある生徒の問題行動について、叱るケースと褒めるケース、どちらも演じていただくのですが、叱るケースを演じるのは簡単。。
「〇〇やってみい。はじめ~、なんだそりぁ~、あほ~、こら~、そんなこともできんのか、ぼけ~、話聞いておったんか~、こら~、何回言わしたらわかるんや~」というだけ。
ところが褒めるとなると手間がかかる。褒めるには、生徒ができた、となるよううまくサポートしないといけない、生徒ができることまでサポートすると練習にならないので、何ができないかを見極めてのギリギリ最小限のサポートを探さないといけない。
グルーワークでは、既に色々な工夫している指導者がいるので、「自分は○○したら××だった」という成功・失敗談、そして、他の参加者から「○○してみたら」というアイデアがでて、こちらも参考になります。
第3講 スポーツ指導者ができること
発達障害というと、その道の専門家、特別支援の先生や福祉機関の職員などが対応するものと思われがちだが、最近の脳や運動の研究などを考慮すると、スポーツの指導者には、他の専門家などには担うことができないとても大きな役割がある、というお話。
①社会性やコミュニケーションの領域の問題だと捉えられていた発達障害ですが、近年の研究や当事者の声などから、身体・感覚の領域について注目が集まっている。その一つが身体の不器用さ。身体の不器用さは、単にある動作ができないだけでなく、例えば、ジャンプができない子は友達が長縄跳びで遊んでいるときに遊びに参加できないように、コミュニケーションや社会性の向上に悪影響を及ぼしうる。
②身体の操作性は発達障害のあるなし問わず、個人差があっても、運動をすれば向上するが、子どもが身体を動かして遊んだり運動したりできる環境は減少しており、大人が意図的につくらないと、子どもは発達に必要な運動を獲得できない社会になりつつある。発達障害は先天的なものだが、発達に必要な運動が不足することで発達の凸凹が大きくなってしまう。
③脳と運動の研究が進み、運動したら学びに必要な栄養(BDNFなど)が生まれるなど様々なことが分かってきた。子どもが様々なことを学んでいくためには(発達していくためには)運動が必要不可欠である。
④子どもの発達に必要な運動を届けることができる人はスポーツの指導者である。生活が便利になればなるほど、発達に必要な運動が子供に届かず、発達不全の子どもが増加していく可能性があることから、これからの教育において担う役割は大きい。
第4講 運動プログラムをつくるポイント
多くの発達障害のある生徒が不器用さを抱えているが、不器用さがあるとき、どんな運動プログラムをつくったらいいのか、その視点などのお話。
体幹:不器用なとき、体幹をうまく使えていない生徒が多い。四つ這いなど体幹を使うシンプルな運動をしてみると、生徒が体幹をうまく使えているか否かがよくわかる。これは、身体が固い、とくに股関節、肩甲骨などの間接の可動域が狭いことと関係している。
バランスと姿勢:バランス力、姿勢を維持する力が弱いことが多い。意識ができないインナーマッスルを使うところなので、本人がバランスをとることを意識せずにバランス身体を動かすようなプログラムや遊びがいい。
足の指や足首:このあたりが固いことが多い。ここが固いとバランス力などが落ち、動きがよくなくなる。
発達段階に即した運動:例えば、片足立ちがうまくできない生徒に、内股のような片足で立つことを前提とする技を重点的に練習しても効果が薄い。
ここは実際に道場で体を動かしながら行います。
第5講 運動あそび
いろいろ聞いて、要は運動したら子供たちは発達ということはわかった。では子どもたちはどうしたら運動してくれるのか?
答えはシンプル。「楽しい」と子どもたちは運動してくれます。例えば、「ダッシュ10本!」と「鬼ごっこ3分」、同じ「走る」という運動だとしても、後者の場合、子どもは目を輝かせて走りまわる。
どのように子どもの意欲を引き出すかは指導者の工夫次第ですが、ワークショップでは、運動あそびに注目して、たくさんの運動遊びを体験します。
次に「自分たちで運動あそびを創ってみよう」というグループワークをします。いま話題の「スポーツ共創」でもありますが、子どもが楽しむプログラムを考えること、指導を工夫することは、面倒くさいとか、大変とかではなく、それ自体が楽しいことなんだということを体感。
第6講 クラブの運営
一通り指導法を学んだ後はクラブ運営について。
多くの指導者が直面する課題は、強い子、弱い子、実力差がある中での稽古のありかたについてです。強い子は努力したら大会で上位を狙える、だから上位に行けるよう厳しい稽古をする(本人もついてくる)、しかし、そういう稽古をすると、弱い子はついてこれず、意欲を失ってしまう。他方、弱い子に合わせた稽古をすると強い子が満足しない。これに双方の保護者からの要望が加わって指導者は大変。。
インクルーシブな柔道クラブを目指すか?上を目指す強いチームをつくるのか?どちらも目指すのか?両立できるのか?
このようなクラブのマネジメントについては、唯一の正解はなく、どのようなクラブを目指すのかは、指導者に委ねられています。重要なことは、これまでやってきた方向で漫然と続けることではなく、未来は自分たち次第であると自覚すること。
ワークショップでは、全国大会の上位入賞を目指した少年柔道の指導者が、矛盾を感じて新しいクラブを立ち上げ、発達障害があってもなくても柔道に親しめる環境をつくった事例、愛媛県四国中央市のユニバーサル柔道アカデミーの取り組みを、その本人である長野先生から話していただきます。
一人の指導者の葛藤を追体験することで、指導者がどのように柔道やスポーツを捉えて直していったのか、柔道やスポーツの役割はいったい何なのか、原点から考えていきます。
第7講 相談会
最後に、講師と参加者で自由に質疑応答します。インプットが多い一日になりしたが、ここで、質問や感想、自分のクラブでの取り組みについての相談など、様々な話し合いが行われます。
最後に
以上、会場の都合で時間が短かったり、各地域にゲストをお招きしてお話をいただくことも多いので、上記7つを1日でできないことも多いですが、上記がワークショップの概要でした。
たた、大事なことは、こういうインプットよりも、このテーマに取り組む人々が地域を超えて出会うことだと感じています。どちらかというと、地域で少数派、身近にあまり理解者や共感者が多くない、という孤立した環境で頑張っている人々が、想いを共有できる人と出会って、元気になって「明日からもがんばろう」となること。
それぞれの現場で奮闘している指導者(保護者や学生など、凸凹の子ども達と一緒に運動する人をすべて含めて指導者)の一助になったら本当にうれしいです。
なお、このワークショップは、柔道の先生であり、かつ、発達障害についての研究や実践を行っているという希少な人々、長尾敏秀氏(少年柔道クラブ「ユニバーサル柔道アカデミー」)、西村健一氏(島根県立大学准教授)、浦井重信氏(放課後等デイサービス「みらいキッズ塾」)が中心になってつくってくださっています。そして、2019年度のワークショップは、2018年度スミセイコミュニティスポーツ推進助成プログラムの助成を受けて実施しました。このプロジェクトに投資いただけたことに本当に感謝です。
ただいま上記の3人の講師のみなさまとこのテーマで本をつくっています。引き続き、張り切っていきたいと思います。
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