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夢。

 車の中で夢を見ていた。長いのか短いのか、どのような意味が込められているのかも分からない夢を。

 雨が降っていたような気がする。軽く細やかな雨が周囲の物にぶつかって、柔らかなノイズのような音を立てている。それらの中に混じって聞こえるコツコツしたのは、雨が車体に当たるものだろう。一定の間隔でワイパーが鳴らす低く鈍い音があって、その三つの他にはなにもなかった。会話もラジオもカーステレオも、僕らの間からは切り取られていた。

 それは不思議な感覚だった。身体が宙に浮いたような浮遊感。修学旅行先で乗った当時最高速度のエレベーターを思い出す。すごい速さで地面が近づいてきて、このまま減速が間に合わなかったらどうなってしまうのだろうとひどく怯えていた。しかし、その鉄の箱はやさしく地面に降りたって、僕らを送り出したのだった。

 外灯はびゅんびゅんすごいスピードで後ろへ吹き飛んでいく。僕はやることがないから、それらを目で追って数えて、ちょうど50を過ぎたあたりでやめた。そんなものを数えても意味はなかった。僕らは前に進んでいたし、当然時間だって前に進んでいるのだから。

 何かが吹き飛んでいくのなら、反対側で何か別のものが飛んでいっているのだと思う。地球から見れば月が回っているし、月から見たら地球が回っている。僕は僕が吹き飛ぶことを客観的に見ることはできないけど、想像することはできる。スウィングバイ。せっかく近づいたのに離れていく、離れるために近づいている。そんなことを思いながら、僕はその軌道を見送った。

 そうしてそのあと、僕らは一度だけサービスエリアに入った。僕は夜のサービスエリアが好きだ。人気がなくて、さびれているともっと好きだ。奉仕する相手なんて到底来やしないのに、健気にも明かりを点けてその時を待つ姿はいつ見ても心惹かれる。誰に求められるわけでもないけど頑張り続けることに、希望を持たせてくれるような気がした。

 どうにもならないことが起きたとき、僕らは却って冷静だ。冷たい月の光に照らされて、思考までが冷え切っていくのを感じる。夏場に井戸水を頭から浴びたみたいだ。夢だったらいいのになんてことは微塵も考えなかった。今すべきことや最善の方法についての考えばかりが頭に浮かんできて、躊躇することは一つもなかった。冷静だと言ったが、本当は熱に浮かされてたのかもしれない。そういった独特の、地に足のつかない浮遊感。

 そうしているうちに場面は切り替わって、僕らは山の中にいた。どこをどう通ってきたのかは覚えていなかった。山道は蛇の胴体みたいにぐねぐねとしていて見通しが悪く、どこでも同じ場所のように見えた。カーブミラーに映るのも僕らの車を除いて他にはなかったし、そこはすべてにおいて最適な場所に思えた。そこは旅の終着点であり、夢への出発点だった。

 僕らはそうして合流し、すべての手はずを整えた。手はずといっても、なにか特別なことをしたわけではないと思う。僕らはどうしても、自分の想像力の外側へ飛び立つことはできないみたいだ。それが夢の中だったとしても。考えうるすべてと、実行に移しうるすべて。それらをひとつずつ検分するように丁寧に並べていって、僕らは二人で笑いあった。こんなことをしているのに、こんなことをしているから。秘密は二人を強くする。

 作業中は汗がきらきら輝いて、僕らは青春のただなかにいるみたいだった。友情・努力・勝利。それらと抱き合わせにならなくたって青春は存在できるかな、できるといいな。そうじゃなかったら僕らとっても報われない。僕らは僕らなりの青春を。最後はばらばらに砕け散ってしまうとしても、その一歩手前までは光り輝いていたい。どんなに手が汚れて、泥だらけになったとしても、進めるところまでは進んでみたい。

 そうして僕らは、車の窓から外灯を見送る。降り出した雨が少しだけ強くなって、軽く細やかな粒がそこかしこにぶつかる音がする。車の天井を叩く少し硬い音、木々を揺らしたときのようなささやかで爽やかな音。一定のリズムでワイパーが泣いて、メトロノームみたいだなと思う。それを聞いていたらなんだか眠たくなってきた。少し疲れたみたいだ。荷が下りた安堵感も眠気に寄与している。ちょっとだけ眠ろうと思う。どこまでも深く、ゆっくりと。進む僕らと、止まった彼のことを思いだしながら。


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