樽井和良(27)の場合

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〜@kazG928編〜


「大麻吸う?」

「え?」

「大麻だよ。吸う?」

「え?大麻?」

「そう。大麻。」

樽井和良は善良な一般市民だ。大学を卒業後、建築関係の商社に勤め人生に大きな波も無く順風満帆に生きてきた。優先席では老人や妊婦に席を譲るし、缶とペットポトルの分別もしっかり守る。店員さんには低い姿勢で接するし、美味しいものを食べたときは美味しいと呟くように言ってしまう。他に特筆すべき点は彼が同性愛者であることくらいだが、彼は社会の規範の中で慎ましくひっそりと自分の人生を謳歌していた。ただ彼は、普通に大麻を吸っていた。吸うどころか部屋で大麻を育てていた。主婦がベランダでミントを育てるように、節約家がタッパーで豆苗を育てるようにいたって普通に自宅で大麻を育てていた。彼は大麻を扱うタイプの一般市民だった。

樽井はその日、同じく同性愛者である山崎とドライブをしていた。山崎とはSNS上での知り合いであり、数度連絡を交わした後「良かったら今度会いましょう。」などという常識的なやりとりを経て、今日が初めての顔合わせの日であった。イタリアンレストランで食事をした後、彼らは樽井の車に乗り市内をドライブして同じ時間を過ごしていた。

「大麻吸う?」

「え?」

「大麻だよ。吸う?」

「え?大麻?」

「そう。大麻。」

「え、いや、いいです。」

「そう。じゃあ、俺吸うね。煙たいけどごめんね。」

樽井は運転席の窓ガラスを少し開け、右手はハンドルに置いたまま左手でパイプに器用に大麻を詰めた。そして、大麻に火をつけパイプをふかし始める。一度ケホと咳き込んでから大きく吸いこみ、喉奥で大麻の甘味を感じる。そのまま大麻の香りを全身に広げ、やがて快感物質が脳内を支配した。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

樽井は快哉を叫んだ。

「だ、大丈夫ですか?!」

「うん、大丈夫。今日のやつすごい良かったから。多分当たりのやつ。」

「当たりのやつとかあるんですか?」

「うん。今日は当たり。2倍のやつだね。」

「2倍のやつってなんなんですか。」

「2倍のやつだよ。」

樽井はもう一度大麻をふかし、口から煙を吐く。吐いた煙で樽井の顔は覆われ、その煙を樽井がさらに吸い込むことで再度顔が現れた。副流煙で山崎の目が沁みる。

「ちょっと、マジで煙たいです。」

「ああ、ごめんね。窓もうちょっと開けるね?寒くない?」

「樽井さんの気遣いのレベルが分かりません。」

言われながらも樽井は大麻を吸い体に快感物質を充満させるのをやめない。そうして煙を十分に吸い、樽井の意識が空を飛びそうになるのに合わせてハンドルを握る手も空を彷徨い車は歩道を乗り越えガードレールに追突した。


「どうするんですか、これ。」

「良かったね、人いなくて。いたらぺちゃんこだ。大麻吸いすぎの俺の前頭葉みたいに。」

「頭が悪いんですか?」

山道のガードレールは樽井のレクサスによって見事にくの字にひしゃげられていた。

「けどガードレールがあって良かったよ。というかガードレール本来の意味を果たした形だよ。きっとガードレールも喜んでいる。」

「何を言ってるんですか。」

「まぁ車はここに置いといて歩こう。近くにラブホがあったはずだ。そこに行こう。」

「何を言ってるんですか。」

実はこの山崎、界隈では有名な窃盗犯である。同性愛者と夜を共にした後、朝方になると相手の財布を盗みそのままとんずらをこくというやり方で金品をせしめ生活を送る悪人であった。山崎は小市民であり一般市民である樽井に目をつけ、今回の出会いでもいつもと同じように一頻り身体を交えた後、樽井の財布を盗もうと考えていた。しかし樽井は一見めちゃくちゃ小市民であるがどこか狂っていた。当然のように大麻を吸っていた。
山崎は盗みをせねば生きていけなかった。生活費の為に仕方なく盗みを繰り返していた。それは山崎の生まれや環境がそうさせたと言っていい。一方で山崎は相手がどんな相手であれ身体を交えた後に盗む。これは山崎が見つけ出した山崎なりの罪への免罪符であった。しかし、山崎は出会ってしまった。当然のように大麻を吸う男に。樽井に悪びれはなく反省はなく良心の呵責もありはしなかった。普通に大麻を吸っていた。なぜだか山崎には樽井の姿が大きく見えてきた。
山崎の心には、ある勇気が湧いてきた。

「きっと、そうか。」

山崎が呟いた。

「え?なに?」

「樽井さん、僕にも大麻いいですか?」

「うん、いいよ。」

山崎は樽井がそうしたように一度ケホと咳き込んでから、大きく大麻を吸う。喉の奥に大麻の甘味が広がり、やがて快感物質が脳内を駆け巡る。

「これ2倍のやつですね。」

「うん、それ2倍のやつ。」

二人はにやと笑いあい、歩き出す。ひと気の無い山道にはただ黒洞々たる夜があるばかりである。二人の行方は、誰も知らない。

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