南野耕哉(26)の場合

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〜@1995torara編〜


彼の名は南野耕哉。今年で26歳になる。2021年の時代を生きているが、彼は実際のところ2055年からやってきた存在である。



2055年、株式会社良品計画はタイムマシンの開発に成功。良品計画は全国に「無印良品」を展開する大手企業であり、「無印良品」は今や一般層、富裕層問わず生活の消耗品販売を一手に担う存在であると言ってもいい。それらで得た利益を良品計画はタイムマシン開発に全額投入、そして2055年遂にタイムマシンを開発するに至ったのである。

良品計画はその企業理念「自然と。無名に。シンプルに。地球大。」のもと、「人生をシンプルに。」をキャッチフレーズにタイムマシンで過去をやり直し人間の人生すら無印ナイズドする為にこのタイムマシン技術を一般に提供を始めた。そして2055年の無印週間の一大キャンペーンとして一般公募の中から選んだ1人にタイムマシン旅行をプレゼントする、とした。その選ばれた人間が南野耕哉であり、彼は人類初めての時間遡行者、その体験者の第一号となったのだ。

一般公募といっても無作為に選ばれたわけではなく、良品企画は「人生をシンプルに。」という価値基準を以って代表者の選定を始めた。つまり「人生がどれだけシンプルではないか。」を重点として応募者がどれだけ過去の過ち、失敗により人間関係が絡まった複雑な人生を送っているかを基準とした。

その点において南野耕哉は良品計画にとって最良の人物といえた。まず南野耕哉は無印良品のヘビーユーザーであり、その会員ランクはゴッド。一般にはダイヤモンドランクが頂点とされる会員ランクで南野耕哉は学生時代より愛好していた無印良品への貢献が認められ、ダイヤモンドの2つ上のランクであるゴッド会員を認められていた。このゴッド会員ランクはダルビッシュ有の元嫁である紗栄子と南野耕哉にしか与えられておらず、良品計画の中で南野耕哉が広く認知されていたことも今回のタイムマシンキャンペーンの当選者が彼に選ばれたことの一助になっていた。

そしてこれが最も大きな要因だが、彼の人生が恋愛により複雑に絡まっていたことが選出の理由となった。彼は同性愛者であるが、特筆すべきはその点でなく、彼は60歳になる現在までに付き合った人数が250人を超えており、最長で付き合って3か月という大記録をもっていた。それにより彼の周りの人間関係は複雑に絡まり、絡まりすぎてもう訳が分からんことになっていた。道を歩けば元カレに必ずと言っていいほど遭遇し、彼の相関図を書こうと思えばそれはA4用紙に到底収まるものではなく模造紙に書いてギリギリである。作成された相関図は通称「クリフォトの樹」もしくは「両界曼荼羅図」と呼ばれ、後年にわたり恋愛女子達の中で畏敬の念をもって語り継がれたと言う。
そんな彼であるからして「人生をシンプルに。」を理念として開発された良品計画発のタイムマシンにおいて彼ほどの適任者はおらず、彼の人生を彼の手でやり直しどれほどシンプルに出来るかという点に期待が集まった。

2055年、世間の期待が集まる中、南野耕哉は良品計画本社地下に建造された大型タイムマシンの扉に尻から入り中からダイヤルを回し目的の西暦へとタイムスリップをした。
南野耕哉が目指した西暦は2014年3月1日。彼が同性愛者として恋愛活動を始める大学1年生になる1ヵ月前、高校の卒業式、その日であった。

「みんな卒業おめでとう。先生がここで話すのも最後になるな。このクラスには楽しい思い出がいっぱいだ。同時に大変なこともいっぱいあったけどな!特に阿藤には苦労させられたよ。な、阿藤?」

「先生、俺、加藤です。」

「みんな、卒業しても元気でいるんだぞ。特に後藤は体弱いからな。俺が死ぬまでに死ぬんじゃねぇぞ。後藤、分かったか?」

「斎藤です。」

「しゅるってなるからな。しゅるってなるから気を付けるんだぞ。卒業証書入れる筒から紙出すとしゅるってなるから気を付けるんだぞ。じゃあ解散!」

時を遡ってこれた。はるか昔の記憶にある教室、先生、学友、記憶に曖昧な部分があるが目の前に広がる教室の風景の全てが今が2014年の3月1日だと示している。
南野耕哉は目の前の現実を受け止め静かに歓喜した。
遂にやり直せる。半世紀にわたって繰り広げた自分の恋愛遍歴は今ここにきれいさっぱりと無くなり、また新たな人生を歩み始められる。無印良品にお金を落とし続けてきたことがまさかこんな事に繋がるとは。人類初の時間遡行者、それを自分の恋愛遍歴をシンプルにすることに用いるのは若干の引け目があるが、無印がどうぞ行って下さいと言ったんだ。これから俺は一人の男を愛しその人と一生を添い遂げる、事故物件扱いもされない完全良妻人生を送るんだ!
最後のHRが終わり、生徒たちはそれぞれに帰り支度を始めた。南野耕哉も新たな人生を生きる決意をもとに学び舎から一歩踏み出したその時。

「南野耕哉さんですか?」
振り返るとそこには長身の女性が立っていた。誰だろうか。胸に花のコサージュをつけていること見るに卒業生のようだが、顔に見覚えはない。南野からしたら実際にこの高校を卒業したのは40年以上前のことになるので、当時の同級生のことなど覚えていなくてもおかしくはないのだが。

「はい。そうですが。」

「確認させて頂きます。良品計画、タイムスリップ、これらの言葉に聞き覚えは?」
驚きを隠せなかった。なぜこの女性は自分がタイムスリップしてきたことを知っているのか。良品計画が開発したタイムマシンは世界初でしかも時間遡行者は人間では自分が最初の人間であるはずだ。
瞬間、長身の女性は懐から銃のようなものを取り出し銃口をこちらに向けた。それは銃のような形状をしているがあの無機質な形をした実弾銃ではなくなんだか『ドラえもん』に出てくるような光線銃の形をしていてまるでおもちゃのようだった。

「バイタル、瞳孔、共に反応あり。あなたを時間遡行者第一号、南野耕哉であると断定します。」

「な、なんでそのことを知っているんですか?まさかあなたもタイムスリップしてここに?」

「あなたは時間遡行被害が大々的に生じる前の時間遡行者。時間遡行者は即射殺と決まっていますが、その事情を鑑みて質問には答えてあげましょう。そうです。私はあなたがタイムスリップをした2055年より未来、2095年から来た時間遡行調整官の江口です。」

「じ、時間遡行調整官?それはどういう?」
自己紹介をした江口であるがその目は鋭さを保っており、突き付けた銃を下すことはしない。

「2055年にタイムマシンを開発した良品計画は飛躍的に成長を遂げました。タイムマシン事業により良品計画は莫大な利益を得、全世界に2万店の支店を持ち、本社はインド洋の海上プラント上に存在する世界一の企業となりました。しかし、良品計画は時間遡行の危険性を理解していなかった。安易に一般公開したタイムマシンにより時間遡行者達が過去を恣意的に改ざん。それにより未来には多くのタイムパラドックスが起きています。家族を奪われる者、恋人を奪われる者、突如発生したタイムパラドックスにより現在を破壊される人たちが相次いだんです。」

「そ、そんな。良品計画の人たちは因果律の収束により未来に問題は起きないって…」

「当時はそう考えられていたんです。しかし現実はそうではなかった。時間遡行者により過去を変えられた影響は世界各地で現れた。しかし、良品計画はそれを認めなかった。莫大な資金により各国政府よりも力を持つことになった良品計画は、タイムパラドックスにより起きた問題を握りつぶし、隠蔽しました。金の生る木であるタイムマシン事業をやめるわけにはいきませんから。そこで私たちの組織が生まれました。アンチ良品計画を掲げる闇の組織、それが私たち不良品計画です。」

「ふ、不良品計画…!じゃ、じゃあ不良品計画は過去の時間遡行者達を消してタイムパラドックスをなかったことにしようとしてるってことですか…?」

「理解が早くて助かります。そして時間遡行者第一号であるあなたの消去を命じられたのが私、ということになります。」

「待ってください…!俺はそんなこと知りません!それに俺が俺の人生を変えたことで生じる未来への影響が何なのかだって分からないんでしょう?それなのに殺されるなんて!」

「時間遡行者は即射殺。これは時間遡行被害が確認される以前の時間遡行者であっても適用されるのが私たちの組織の掟です。例外はありません。」

「くっ…!」
南野は俯きながら呟いた。

「江口さん…江口さんは何故俺が過去に来たのか知っていますか?」

「知りません。私たちは時間遡行者達の事情にかまっている暇はありませんから。」

「俺は60歳になるまで250人以上と付き合いました。正確には264人です。付き合った期間の最長は3ヵ月。一番短くて2時間です。運命の人だって言われてキスされて告白されて、その2時間後には振られました…。あなたに俺の辛さが分かりますか?俺はロミオとジュリエットのバルコニーのシーンが大好きなんです。僕を恋人と呼んで、それが僕の新しい名前さ、ってロミオが言うんです。そんな、そんな恋愛がしたいんだ。それだけ、それだけなんですよ。俺は人生をシンプルにしたい!一人の人を愛したい!それのなにが悪いっていうんですか!」
南野の拳は震えていた。銃を突きつけられているとは思えぬ迫力で江口に迫る。南野の慟哭を聞いた江口は目を大きく広げ銃を下げた。

「まさかあなた...恋愛クリフォトの樹の…!?」

「なんのことですか?」

「い、いえなんでもありません。」
江口はしばらくの沈黙の後に銃を懐へとしまい、南野の顔を見ながら言った。

「…分かりました。あなたは時間遡行第一号、それにあなたが時間遡行した後、あなたの周辺でのタイムパラドックスは特に報告されていません。私もこの粛清には疑問がありました。あなたは殺したと組織には報告します。もう私はあなたに関わりません。好きな人生を生きてください。」

「ありがとう…。江口さんは未来に戻るの?」

「いえ、あなたもそうでしょうが2095年になっても過去から戻る方法はありません。私は未来でタイムパラドックスが起きないように自分の生きた人生をなぞって生きることになります。」

「そうか。大変だね。そうだ、同じ時間遡行者同士、良かったら連絡先でも交換しようよ。」

「その程度なら…」

こうして江口と南野は友達になった。



そして2014年から時は流れ2021年、南野の恋愛遍歴はバツ6となっていた。

「江口~!今日はどこのカフェに行こうか?」

「今日はここに行ってみない?おしゃれなパン屋さんが併設されてるの。インスタ映えするわよ。」

「いいね~!行こう行こう!」

南野と過ごす何気ない日常の中で江口は考えていた。なぜ未来で南野耕哉周辺の人間にタイムパラドックスの影響が起きていないのか。そして今の南野の恋愛遍歴。ペースから考えると遅いが、もしかしたら…
いや、不吉な事を考えるのはよそう。不良品計画の時間調整官として時間遡行者を憎み過去に来た江口であったが、今は南野の幸せを願わずにはいられなかった。

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