2022/01/05

犬派か猫派かと言われれば、僅差で犬派と答える。本当に僅差、ハナ差、小差、紙一重、一進一退で試合は膠着状態、白か黒で答えろという難題、YesとNoの間の答えがあったらいいのに。
実家では犬を飼っていて、柴犬の男の子。ちなみにnoteの記事をスキした時にお礼で表示される画像が実家の犬だ。良かったら押してみて欲しい。

去年の6月から練馬区に引っ越してきたので近所の散策として散歩しているのだが、18時ごろ青梅街道に差し掛かるとよく見かける犬がいる。犬種はよく分からないが、なんか大きい洋犬でゴールデンレトリバーみたいな毛並みの良さを持っているが毛色は真っ白。SPYFAMILYのボンドみたいな犬を想像してもらえれば分かりやすいだろう。近頃は冬毛になり、毛並みも一層もっさりとしているのがよりかわいらしさを引き立てている。
恰幅と品のよさそうなおじさまが連れ立って歩いており、飼い主の少し前をつとつとと歩きながら時折振り返り飼い主と一緒にゆったりと歩いている。その振り返る時の表情もたまらなくかわいくて、主従の信頼感に満ちた良い顔で振り返るのである。ついてきてますか...?ペースはこのくらいですか...?とでも言っているかのような、すん...とした犬の表情は何度見ても抱きしめたくなる。

犬は飼い主に似るというが、飼い主のおじさまが非常に品の良さそうな方なので犬の方も品の良い動きをする。俺が青梅街道に差し掛かり彼らを横切る時などは、こんにちは...と犬の方も挨拶している気がしている。先日もいつもしている緑色の首輪が赤色に変わっており、赤も良くお似合いですね...と心の中で褒めていたら、犬の方も俺を見て分かりますか...いいでしょう...という仕草をしていた気がする。気がするだけだが。

ここまで愛でているなら触らしてもらえばいいじゃないの、と思うかもしれないがそれは出来ない。まずもって「可愛いワンちゃんですね。触らせてもらっていいですか?」と話しかけること自体の難易度の高さもあるが、犬の方が触られるのを嫌う犬かもしれないし、他人様の家族に気安く手を出すのも気が引ける。それになにより、彼らが連れ立って歩く姿はさながら一枚の絵画のようでその寧静な雰囲気に立ち入るのも無粋な気がしてならない。そんなことを考えていると、彼と一匹はアスファルトと爪が触れ合う時のちゃっちゃとした快活な音を残して大通りをゆったりと進んでいってしまう。

彼のような犬種に限らず、犬全般が好きなのだが自分が犬を飼ってみようとはまだ思えない。それは俺を取り巻く経済状況とか、彼ら彼女らの生命についてまわる数々の困難、いずれ来るであろう悲しみを背負う覚悟がないからに他ならない。だから俺はすれ違う動物たちやインターネットで皆が見せてくれる犬猫たちを見る度に幸せであってほしいと願っている。というか世の中の飼われている動物たちは等しく幸せであって欲しい。なので俺が動物を飼うことは手段であり、俺の大願は全ての動物たちが幸せであることです。以上、地球国家元首おもち・U・おもちからのマニフェストでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?