空木純(24)の場合

#いいねした人の小説を書く
〜@jun_null編〜


大阪にある大学のサークル棟の一室、そこに二人はいた。

「立体交差っていうのは単に三次元で交わる点を意味している言葉に過ぎないのだけど、ここにエロティシズムを感じずにいられないんだよ。」

「なるほど。あくまでコンテクストを無視しての話ではあるのだけど、立体交差という言葉はSEXの俯瞰であるというニュアンスは含まれているね。」

「ニュアンスで言えば、SEXやフェラチオなんて言葉はすでにニュアンスに味付けがされている状態であると言える。立体交差という言葉はSEXに用いられる言葉でないからこそ、そこに俯瞰性と想像の余地が生まれる。そこがエロいと言えるのかもしれない。」

「言葉のヌードと言えるね。しかもニュアンスにエロい意味が含まれてないからこそ、唐突で、純粋だ。AVで見るヌードより映画で見るヌードの方がエロく感じるのと同じ原理だね。」

二人は議論しあっていた。各人が考えるエロを学問の暴力を用いながらアカデミックに分析せしめていた。なぜそんなことをしているのか。それは彼らが暇だからである。

「猥褻だとかそういったところから距離を置いたエロティシズムのなんと美しきことか。僕はこの言葉に静かな熱を感じているよ。」

彼は満永孫一。関西の有名大学法学部に通う院2回生。就活も終わり、来年の春からは官公庁への就職が決まっている。頭脳明晰ではあるのだが、頭抜けてスケベであり、故に変人として他者には認知されている。

「勃起なきエロ、と言えるね。流血なき革命はあり得ないとされていた中世ヨーロッパだが、名誉革命はそれを為した。海綿体への流血がなき勃起を実現するこの発見も正に名誉と呼べるかもしれない。」

彼は空木純。満永とは違う関西の有名大学工学部に通うこれまた院2回生であり、彼も優秀な知性を備えている。来年の春からは大手機械メーカーの開発部への就職を決めている。彼もまた変人と呼ばれる人種であるのは、満永と同じ理由からである。

似た者同士である彼らではあるが、今日が初対面だ。違う大学に通う秀才同士が何の因果か今は狭い部室の中で猥談を繰り広げている。周りにそれを止める者も眺める者も誰もいない。

「しかして、空木くんよ。君はどういう女性が好みなんだい?」

「女性か。実は僕はあまり女性について考えたことはないんだ。人並みに性欲というものを備えているつもりだが、実践的なものはてんでダメでね。方法論ばかりを机上に並べて満足する毎日さ。」

「奇遇だな。僕もだ。僕の学友の奴らはまるでランサーペニス、『ノルウェイの森』のサイコパス永沢の劣化版のように女性を求めていたが、僕はその手の連中を見るとむしろ忌避の念が浮かんだね。先ほど君が言った、勃起なきエロ、これはいいね。正に僕が求めていたのはそういうものだ。猥雑な現実から一歩引いた視点で語る女性のエロティシズム。これが僕の求めるところだ。」

彼らのいる部室は狭く、物もごちゃごちゃと煩雑に置かれていた。特に入り口付近は足の踏み場のないほど物が溢れ、扉を開けることすら困難であった。

「それで言ったら僕は少し違うな。こんな状況で言うのもなんだが僕は同性愛者なんだ。男として男が好き。だから女性について考えたことはない。男の上に僕が乗るんだ。ちんこを持つものがちんこを持ちながらもちんこの上に乗るんだ。僕はこのフラクタル構造に興奮してしまうんだ。おかしいだろ?」

「なるほど。知識として知ってはいたが実際に同性愛者と会うのは初めてだよ。まぁ確かに君は変だね。しかし、僕と君はここに来るまでそれなりに助け合ってきただろ?僕は君がどんな人間か、僕の中ではもう形作られているよ。そして君は変な奴だが、悪い奴じゃない。それに変なのは僕も同じで、変てのは面白いって事と同じだと思うんだよ。」

「ありがとう。確かに君は面白い人間だよ。変というものを定まった表現のできない事象の仮の総称だと定義するならば、僕は確かに君の最初の評価は変だったし、今の君は確かに面白い人間だと言えるよ。」

窓の外に人が通った。その足取りは千鳥足で、上体をガクン、ガクンと揺らしながら歩いていた。彼らはそんなことに気を留めず話を続ける。

「じゃあ、話を続けよう。空木くんは胸とお尻どちらが好きだい?ああ、男で言ったら何になるのかな。ちんことお尻、どっちが好きなんだい?ってことになるのかな。要は性のイコンとしてのおっぱいとちんこか、肉体美としてのお尻、どちらに惹かれる?」

「それで言ったらお尻かな。僕は事後にお尻を撫でるのが好きでね。背中からお尻のライン、足からお尻のライン。どちらも美しい。僕がガリバーだったなら、あの丘陵は是非登りたい。」

「分かるよ。女性のお尻は時に桃のようと形容されるけど、あの表現は僕も好きでね。食べてしまいたいと思える。桃と言えば君は安藤百福を知っているかい?」

「ああ、確か日清食品の創業者だろ?たしか晩年は池田の五月山に御殿を建てていたはずだ。」

「そうだ。僕は池田の出身でね。安藤百福も結構好きなんだ。だから時々想像するんだよ。桃のようなお尻、例えば左の臀部を安藤百福の住んだ五月山、池田市とするなら、お尻の裂け目は箕面川だ。」

「じゃあ、右の臀部は豊中市だ。」

「その通り。そうすると秘部のところには伊丹空港。この辺はややこしいね。伊丹空港の中には伊丹市の交番と豊中市の交番がある通りかなりややこしい。女の子の体もこの辺はごちゃごちゃしている。それを倣っている、というわけだ。」

二人の議論は周りの世界を置き去りにして盛り上がる。外では警報が鳴っていた。

「じゃあ、この体は北摂3自治体欲張りボディというわけだ。エロいね。僕は男でもふくよかな体つきの人が好きなんだよ。」

「だろ?それで今俺らがいるのが阪大。このあたりだ。お尻だったら丁度舐めたいあたり。住所で言うと豊中市待兼山1-1-1、蛍池でもらったよく分からん新興宗教のビラは全部ここ宛先で送れって1年の頃先輩に言われたなぁ。懐かしい。」

「阪大を南に下ってお尻の最も豊満な部分には豊中駅。交通網はもう生きてないだろうから駅に行くのはあんまり好手ではないね。」

「そうだね。じゃあ、そのままお尻に指を這わせるように下に向かって庄内の方まで行こう、確か大阪音大があったはずだ。」

「ピアノの扱いは時に女性のそれと同じように例えられる。女性がピアノだとしたらお尻のここあたりに音大。まるでG線上のアリアだね。」

「その通り。じゃあとりあえずはお尻のG線上をなめて大阪音大を目指そう。そこでまた生存者を探して新大阪の方に向かうのがいいと思う。」

「そうだね。けど岡町の方から東に行けば桃山台に着くだろ?桃の中に桃山台、桃山学院じゃなくて...」

「もうええわ!(笑)お尻は例えだよ(笑)。」

二人は笑いあった。今日初めて会った人同士とは思えない、心からの笑いだった。その時、部屋の窓がガン!と大きな音を立てて叩かれた。擦りガラスには人間の腐った顔面がぼんやりと映る。

「じゃあ、そろそろ行こうか。ここももう危ない気がするよ。」

「ああ。君とはこれからも面白い話をしたいからね。」

彼らのいる部屋の外にはゾンビが蠢いていた。首都圏を中心としたゾンビパニックからはや1ヵ月。その感染拡大は抑えられず大阪でも感染者は増大し、人々はゾンビという恐怖から逃げ惑った。大阪大学はその敷地を避難所として開放したが、結局はゾンビに飲まれ、今や生存者は運よくサークル棟の一室に逃げ込み難を逃れたこの二人だけだった。生き残った満永と空木の秀才変人二人は大阪大学を出て、時にバカ話をしながら生きるために南へと向かった。

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