下里泰臣(30)の場合

#いいねした人の小説を書く
〜@mogmog0409編〜


どうやら今日が地球最後の日らしい。
宇宙の彼方より飛来した巨大隕石が地球に衝突、その衝撃は地球を丸々砕くほどのものらしい。アメリカから巨大隕石を破壊するためのミサイルを発射、しかし世界の偉い人々の健闘空しく隕石は破壊できなかった、とのことだ。
世界はその事実を受け止め、皆が皆、世界最後の日を穏やかに迎えていた。最後の日を家族と過ごす人、愛する人と過ごす人、いつも通りに過ごす人。様々な人がいたが、人間の歴史の最後にしては随分と穏やかであっけなかった。

俺、下里泰臣の地球最後の日はずっと付き合っている彼氏と過ごそうと決めていた。俺は言わば同性愛者というやつだが、地球最後の日に人間の愛の形態なんか語ったところで意味はないだろう。俺は彼に地球最後の日は一緒に過ごそうと言い、彼も「いいよ~」とすぐそこまで隕石が迫っているなんて思えないような気安さで二つ返事をした。

彼とは長く付き合っていたが、半年ほど前から一緒に暮らすようになった。半年前は隕石が地球に衝突するなんて思ってもいなかったから、この同棲に浮足立った。料理も覚えたし、家電を見に行くときにあんなにワクワクしたのは初めてだった。理由はわからないが何故か水をよく飲むようになり、実家の弟ともよく話すようになった。偶に会う知り合いには、俺の彼氏ほどに素敵な人はいるだろうかなんて意地の悪いことも考えてしまった。
同棲も半年も経つと落ち着いてきて、前よりかは地に足がつくようになったが、それでも帰りの遅い彼を待つひとりの夜に星を見るなどしながら彼のことをふと思ってみると、瞬間の孤独も嬉しくなってしまっていた。

地球最後の日、隕石の衝突は午前1時過ぎというので地球最後の瞬間をこの目に収めるために起きていようとなった。午前0時前、眠気覚ましも兼ねて彼をコンビニに誘った。彼はどんな時も甘いものを食べたいため、わざわざOKなんて言わずともむくりと立ち上がり、素早い動作で玄関に向かった。鍵はいいか、と手首の一回転すら厭うと同時に1時間後の世界を想像してかけずにおいた。

彼はあまり喋らない。背中でモノを語りたがるというか、昔気質の男というか、とにかく沈黙を金としている節がある。今ではそれも気にならなくなっていたのだが、夜風も白むし、地球も最後だしと思い、思い切って何を考えているか聞いてみることにした。何を言われるのだろう、最後だし愛の言葉でも飛び出すかな、それともいつも通り俺が脱いだ服をソファーの背もたれにかけっぱなしにすることを怒られるのかな、と思いながら彼の言葉を待った。

「この道って朝いつもおばあちゃんが挨拶してくれるんだよねぇ。」

なんじゃそら。

「この辺に住んでるおばあちゃんじゃないの。」

彼はそうかもねぇ、と言ってまた沈黙が訪れた。こんな時でもいつも通りで安心した。俺は道沿いに立つおばあちゃんの姿を想像した。きっと竹ぼうきでも持っているんだろうな、ほうきと腰の曲がったおばあちゃんはきっと同じ背丈だ、家には静かなおじいちゃんがいておばあちゃんはよく喋るだろう、傍らには老いた柴犬がいるのだろう、買ってきたのではなく拾ってきた犬だが大事に育てられているのだろうな、などと想像する。俺はその想像を彼に話そうと思ったところでコンビニに到着、自動ドアは開き、老夫婦の話題は道の向こうに消えた。

店内をぐるぐると回り、何を買おうかと思いを巡らす。彼は10分メニューを熟読したと思ったら結局いつも食べるようなものを注文するタイプなので、買い物も必然的に長くなる。結局、アイスを二つ買う。店員はしっかりとお金を受け取り、しっかりとお釣りを返してくれた。俺はアイスをすぐ食べたが、彼はまた後でと言ってアイスをぶら下げながら帰り道を歩いた。

彼はあまり喋らない。なので時々不安に駆られることもあった。俺は彼を満足させられているだろうか。出会った頃はもっと笑っていた気もする。彼が大学を卒業し働き始めたとき、「仕事は忙しいんだけど、楽しいんだよねぇ。」と言っていた。俺はそれを聞いた時、仕事以上の楽しさを俺に感じてくれているんだろうかと思った。長く付き合い、当たり前の関係が続く中で刺激はなくなっていないだろうか。俺は確かに彼が好きで、お互いの存在を疑わなくなった今も全然一緒にいたいと思うし、彼を尊敬しているし、それは言い切れるけど彼はどうなのだろうか。多くを語ることはない彼はなにを思っているのだろうか。今の関係は俺の願った関係をただ二人がなぞっているだけなのではないのだろうか。上りも下りもない平坦な人生を尊く思ってくれているだろうか。この平凡の価値は、大麻や性癖全開のSEXの刺激に敵うものだろうか。

道の向こうでなにかが光っていて、彼は「行ってみようよ。」とはしゃいでいた。確かにこんな時間に妙だなと思ったので、自宅を通り過ぎて光の方へと向かう。自宅から普段行かないほうの道に行くのはなんだか特別感があった。確かあっち側には公園があったはずだ。普段は誰もいなくて静かで、公園の真ん中に小さな池があるちょっと大きな公園だ。

公園ではお祭りが行われていた。縁日のように屋台が軒を連ね、提灯が明かりを灯していた。子どもも大人もおじいちゃんおばあちゃんも皆、その温かくも情熱的な提灯の光の中で笑っていた。その光景はまるで幻想的だった。

「夢みたいだね。」
俺が言った。

「俺は夢じゃないよ。」
彼が言う。

確かにこの状況で俺だけ夢だったらかなり面白い状況だけど、提灯の明かりは確かに幻想的で、空の彼方から来る星の明かりも同じように幻想的だった。

もうすぐ隕石が衝突する。俺はこの少ない時間で何を言おうかと考えていた。彼と長い時間一緒にいる中で彼のことは大抵分かっているつもりだけど、こんな時になにを話したらいいかはパッと思いつかなかった。もっと話してれば良かったな、なんて軽い感情が浮かんだ。

楽しかった。彼は多くを語らないから分からないが、俺は楽しかった。平凡が尊かった。そして幸運だった。彼が恋人であることにこれ以上の幸運はなかった。隕石が地球に衝突するくらいの幸運だ。俺が確かに思うことはこれだけだ。つまりはこういうことを伝えればいいんだな、と思い彼の方を見ると彼は数秒後には死ぬというのにアイスを食べ始めていた。そして、俺の方に向いたと思うと、笑いかけ手を繋いできた。俺も彼に笑いかけ、手を繋ぐと同時に世界は終わってしまっていた。

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