成瀬京太(28)の場合

#いいねした人の小説を書く
〜@narubee0824編〜


前書き

今回テーマで書かせてもらったなるべえさんのこのツイートが俺は好きすぎたので、これを基に今回の話を書きました。本編を読む前になるべえさんの上記のツイートを読んでもらえればより分かりやすく読めると思います。では、よろしくお願い致します。



「あ~蝉うるせぇな~」
ある夏の日のお昼、男は先ほど目覚めたばかりの布団の上で手を上下に振って疑似的な団扇を作成、服の中に僅かばかりの風を送りながら呟いた。男、成瀬京太は昨日飲んだ影響で起き抜けの今も下腹部あたりがずどんと重く、クーラーは寝ている間に切れる設定となっているので部屋はそれなりに暑い。汗も浮かび始め喉も乾いていた。何か飲もうと冷蔵庫を開けてみてもあるのは冷えたチューハイの缶のみで、ミネラルの類は一切ない。昼から酒をあおり、怠惰を貪るのは人間としての最低ラインを割っているような気がしたので、かなりめんどくさいが、と思いつつも右の尻を2、3度掻いてから服を着替えコンビニへと向かった。

「はっくしゅん!!!」
成瀬は「誰か俺の事噂してんのかな」などとどこかのガキ大将のようなことを言いながら夏のアスファルトの道の上を歩く。それにしても、自分が大きな音を立ててくしゃみをするようになるとは思っていなかった。もう30代が近づいてきた身ではあるが、昔と比べると恥じらいだとか奥ゆかしさ等が自分の中から消え失せていっている気がしてならない。だからといってそれに抵抗する気などが起きることはなく、まぁそれもしょうがないかなどという諦観や事なかれ主義が自分の中に満ちていっているのを感じる。大人になるにつれて刻一刻と自分の中の人間らしさが薄れていっているようなそんな焦り、それをじりじりと確かに感じつつも男は昨日もただ酒を飲み万年床の上で翌日の昼まで寝て過ごすのみであった。
不意に地面に視線を移すと、蝉の死骸が落ちていることに気づいた。成瀬はそれをどかそうと足の横っ腹で蹴ってみると、蝉は途端に息を吹き返したように飛び上がり断末魔のような鳴き声をあげながら飛び上がった。それを無感情で見つめてから、何事もなかったように成瀬はコンビニへの道を急いだ。

「蝉の大量発生、首都機能を直撃」
ある夏の日の朝、各メディアは目を疑うような見出しを打ち出していた。太平洋側から突如飛来した蝉の大群が首都圏の上空を横断し始め、それは首都機能を一時停止させるほどのものになった。空を覆うばかりの蝉の大群はまずその鳴き声で早朝の人々の安眠を妨げ、何事かと外に出た人々は上空の蝉のそのつんざくような鳴き声に耳をふさいだ。蝉の飛来が止むことはなく轟音となった鳴き声は蝉が最初に飛来した1週間前から続いているといった状況だ。蝗害ならぬ蝉害として起こった次の問題がおしっこだ。飛来した多量の蝉たちから降り注いだ多量のおしっこにより、首都は黄色に染まった。人々は雨も降っていないのに傘をさし、長靴を履くことを余儀なくされた。

蝉は地中での生活が長く、成体となって地上で暮らす日数は7日間ほどと言われている。その人間の目に見える一生の短さから儚さの例えとして出される蝉ではあるが、首都の上空を覆う蝉の大群に儚さのかけらなど一つもなく首都上空で一生を終えた蝉は死骸となって街に降り注いだ。それにより交通機関は麻痺、道路は片側通行止めを駆使しながらの清掃を繰り返し、電車は徐行運転が精一杯であった。

各教育機関は一斉に休校を宣言。そこに暇に飽いたか好奇心に促されてかある大学生グループが「蝉の大群に突撃したったwww」という生放送を敢行。低空を飛ぶ蝉の大群に横から突撃したが、大群に飲まれた大学生は蝉に体を切り裂かれ重傷を負った。そんな火事場の人気者に注目が集まる一方で政府の対応にももちろん世間の注目が集まった。政府はまず対策として戦闘機用いて上空に化学薬品を散布、蝉たちの撃退案を打ち出したが、作戦後の蝉の死骸問題、薬品散布による生態系や生活環境への影響が懸念されこの対策はお蔵入り。そうこうしているうちに対策委員会の長は対応の遅れ、政界内部での足の引っ張り合いで辞任まで追い込まれることになった。この期に及んでの政界争いに人々は辟易し、とりあえずは自分の身を守る為人々は家へと閉じこもる他ない状況であった。首都圏以外の人間はこれを対岸の火事として重く受け止めようとせず、Netflixなどを見ながら事態が収拾するのを待った。

成瀬もこの首都圏以外に住む人間の一人であり、テレビで繰り返し流れる災害情報を尻を掻きながら、屁をこきながらどうせそのうち収まるだろうとタカをくくりながら見ていた。手には先ほどコンビニで買ってきたコーラとポテトチップス青のり味がある。そしてそのうち災害情報に終始するテレビにも飽きて、Netflixでも見るかと思い始めたころ、玄関の方から蝉の鳴き声が大音量で聞こえてきた。家の中にでも入りこんだか、とゆっくりと腰を上げ玄関の方を見やる。蝉の鳴き声は家の中からではなく外から聞こえるようだ。しかしかなりうるさい。扉一枚隔てているにしてはおかしいほどの音量の蝉の声が聞こえてくる。そしてその次の瞬間、玄関の扉になにかが断続的に激しく打ちつけられている音が響いた。幾度にわたって繰り返されるその音と扉を打ちつける衝撃によって、確かに扉の形が歪んできているのが分かる。蝶番がゆるんできており、いよいよ扉も破壊されるとなったところで成瀬はこれはやばいと身を翻し、窓から脱出を試みようと走り出した。しかし、身を翻した次の瞬間、背中に大量の蝉が押し寄せ勢いそのまま成瀬は蝉と共に体を家の壁に打ち付けられ気を失った。

目を覚ますと体中が鉛のように重い。体の自由は効かず、四肢は自分が寝かせられている台に固定されているようだった。
いつの間にか手術着を着させられ、体の至るところにはチューブが繋がっていた。まるで手術後だ、体が拘束されている以外は。

「なんだこれ。」

「目が覚めたかい。」

声の方に視線を移すと少年のような顔をした白衣の男が立っていた。かなり若そうだ。少なくとも成瀬よりは若いだろう。

「なんだ、お前。どこ中だよ。敬語使えや。」

「そんなこと言っていいのかい?ここに君が運ばれたとき、君は血だらけで大変だったんだよ。僕が助けなきゃ死んでいた。」

「そうなの?それはありがとう。でも敬語は使えや。」

「怖いな。ヤンキーかい?これから大切な話をするからね。」

「大切な話?」

「ああ、今首都を襲っている蝉の大群、知ってるかい?」

「ああ、知ってるよ。...そうだ、蝉だ。俺が意識無くなる前にも蝉が大量にいなかったか?」

「そうさ。よく覚えてるね。あれは僕がけしかけた。」

「は?お前のせいかよ。殺す。一発肩パンさせろや。」

「落ち着きなよ。僕は蝉の科学者だ。だから少なからずは蝉の行動を操ることが出来る。」


「じゃあ首都を襲ったあの蝉もお前がやったことなのか?」

「違うよ。あれは自然災害だ。僕はほんとに少しだけしか蝉達を操れない。」

「じゃあ、その蝉科学者さんが俺に何の用だよ。俺は蝉なんてこれっぽちも詳しくねぇぞ。」

「僕が求めるのは君の体質さ。君は特別な人間、この世界で唯一蝉を恐れていない。」

「蝉なんて誰も恐がってないだろ。」

「蝉が死んだと思っていても急に飛び起きるやつあるだろ?あれでビビらない奴はこの世界で君しかいない。」

「マジかよ。」

「あと君は普通に独り身だし、勝手に改造しても迷惑かからないかなって。」

「好きで独り身でいるんじゃねぇよ。それに俺はゲイだぞ。女は元々いねぇよ。」

「そうかい。男色家かい。僕も蝉を愛しているから異常恋愛という点では一緒だね。普通に蝉をアナルにいれたりするよ。」

「それはキモいな。あとスルーするところだったけど、俺を改造したって言わなかったか?」

「ああ、した。政府からの要請でね。首都上空の蝉をどうにかしろって蝉の専門家である僕に泣きついてきてね。だから君を蝉人間に改造した。」

「蝉人間?」

「うん。蝉人間。蝉との親和性を高め君と蝉との融合を図っているんだよ。これは蝉への抵抗感がない君にしか出来ないことだ。今はまだ少ない数の蝉としか融合できないが、徐々に体を慣らしてもらいいずれは首都上空の蝉全てと融合してもらう。」

「蝉と融合した俺はどうなるんだよ。」

「端的に言うと蝉っぽくなる。」

「蝉っぽくなる?なんでそこ曖昧なんだ。」

「実は僕も初めての試みだからよく分かっていなくてね。とにかくまずは体を慣らすところからだ。既に君はもう百匹程度の蝉と融合している。経過観察するから今日はもう帰っていいよ。」

「え?もう帰っていいの?もっと近くで経過見てくれるんじゃないの?」

「いや、いいよ。僕の部屋狭いし、物多いから。あと夜はAPEXするから忙しいし。」

「殺すぞ。」

成瀬はとりあえず帰らされた。

外はもう夜になっていた。成瀬がまだじめじめと熱い夜の帰り道を歩いていると、一体の蝉が体に激突した。蝉はそのままぽとりと地面に落ち動かなくなってしまった。おそらく死んだのであろう。

「俺にしか出来ない事か...」

成瀬は蝉の死体を拾い上げポケットにしまう。なぜだが蝉に情が湧いてきて埋葬してやろうと考えたのだ。成瀬はそのまま電車に乗った。拉致されて連れていかれた科学者の家は自宅から二駅離れたところにあった。


電車に揺られていると成瀬のポケットから蝉の鳴き声が聞こえてきた。先ほど拾った蝉が鳴いているのだ。首都での蝉被害をテレビ越しとは言え体験している周りの乗客は、車内から聞こえる蝉の鳴き声に少なからずおびえ始めていた。蝉の方もそれに合わせてか本格的な蝉らしさをキメてきている。
恥じらいはなかった、歳を取るにつれてくしゃみも大きな声でするようになったし、屁をこくことに抵抗感もなくなった。自分の中にある人間らしさなんて初めからなかったかもしれないと虚無主義に似た思いに最近は心を支配されていた。しかしこの諦めを人の為にと言い訳に使えるならそれもいいかもしれない。
成瀬は蝉の鳴き声に合わせて口パクで蝉鳴きしているフリをした。そこに恥じらいや人間的奥ゆかしさはなく、あるのは人を想う慈愛の気持ちと少しの蝉っぽさだった。成瀬の奇怪な行動に驚いた周りの乗客は我関せずと次の駅で全員降りてしまった。成瀬はもう一つ次の駅まで乗りそこで電車を降りた。成瀬の目には蝉人間としての覚悟と日本を救う決意が宿っていた。


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