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夏と不条理

4:30
全身疼痛で目が覚める
夢は見なかった。気絶して起きたような感覚。

8:00
シャワーを浴びる。
強い倦怠感、バスタオルを敷いてベッドに横たわる。

9:00
仕事用のメールを確認する。
了承の返信をする。手帳を開き予定をメモする。

手帳は、全体のスケジュール感が把握しやすいマンスリータイプが好きだ。
ページに並ぶ日付をみて、予定が埋まっていると気持ちが落ち着く。
だけど、その日はいつもと様子が違った。
僕が仕事の予定をメモしたのは、彼女の誕生日にあたるマスだった。

10:00
ホテルをチェックアウト
後部座席にビジネスバッグと睡眠薬、助手席には鍵と財布と包丁があった。

電話をかけたら職場にいるという。遠くでコメディアンの笑い声が聴こえた。
「今からそちらに行く」と伝えて、車を飛ばし高速に乗った。
一つ目の料金所を過ぎたぐらいで興奮は冷めた。でも「殺さないといけない」という気持ちだけは強くあった。
別に相手のことが殺したいほど憎いわけじゃなかったけど、自分が死ぬのに相手が生きていることが許せなかった。
だから、自殺するならあいつも殺さないといけないな、と思った。
殺さなくちゃいけないと強く思う反面、痛いのは嫌だなと思っていた。
どこを刺したら一番痛みなく殺せる・死ねるか、指す時は刃を横にしてあばらの隙間を狙おう、というようなことを考えていた。

14:00
彼女の住む町に着いた。
マンションの扉を開け、刃物を持って対峙したが、相手がまったく動じないので、一気に興ざめした。
命乞いが見たかったわけではないけれど、また狂言だと思われているのがよくわかる仕草で、悲しかった。

狂気的な僕の姿を見て、彼女は「どうせできないくせに」と言った。
みんな「どうせ」と思っている。
「なんだかんだいって、どうせ大丈夫だから」
「どうせすぐに元気になるから」
「どうせ死なないから」
死にたい気持ちが本心じゃないと思われているようで辛かった。
みんな口では心配する。でも「どうせたいしたことない」と思っているのがよくわかる。
わかりやすく手足の骨でも折ってやろうか。目玉を潰そうか、舌を焼こうか、指を切り落とそうか。ずっと考えているけど、度胸が無くて実行に移せない。どれも考えるだけで、どうせできない。

相手も殺せず自分も殺せず、情けなくてしょうがない。
後ろめたいことだらけで、家に帰る気にもなれない。
彼女の外泊が増えたのはこういう心境からだったのかと腑に落ちた。
喘息持ちの彼女が「イライラを抑えるために」どうしてもやめられない煙草を吸ってみた。
車の中で1本吸ったら、彼女の部屋と同じ匂いになった。

15:30
行き場が無くて気も落ち着かないので、車を置いて少し散歩した。
日差しの強さが明確な「熱」となって体を突き刺す。
外はこんなに暑かったか。汗がどっと噴き出す。気を失ってしまいそうだ。

僕は道端に倒れこむ。しかし、睡眠薬と安定剤が無くては眠れない。
もっと強い薬が欲しい。カッとしなくなる薬。イライラしない薬。
それよりとにかく早く死にたい。
人を殺しかけたのだから、死ぬには充分な理由ができたと思う。
早く死にたい。何も考えなくなりたい。誰も知らないところに行きたい。

7:00
僕はベッドで目を覚ます。
襟付きのシャツをぴっちり着こんで、窓際には、楽しそうに電話をする彼女がいた。

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