アイガーマイコの臭く凄まじいキレイキレイについて18

湊谷由紀子『佐田とアナボコ』の細かい描写について思い返しているうちにマイコの自宅マンションが姿を現した。

「うーん!!入って入って!」

ベージュのワンピースを着たマイコはいつもよりカジュアルな見た目で化粧も薄く見えた。柔らかい雰囲気に私の心が解けていく。
私はお土産に買ったコーヒーとウイスキーのリキュールをマイコに渡し、スリッパを履いた。

「どうぞ、どうぞー。」
案内され私はソファに腰掛けた。
マイコも隣に座った。
「これ、すごく気になる。どうやって飲むの?
ストレート?」マイコは私が持ってきた紙袋からボトルを取り出し興味深そうにそれを眺めた。
「ミルクと割って氷を入れるといいかも。結構甘いんだけど、お菓子と合うんだよ。今日は豆大福日和なんだよね?」
「そう。私ね時々あれが無性に食べたくなるの。それでねいつもは1人で食べてたの。群れから逸れたハイエナみたいに。鋭い目でリビングをくまなくジロリと睨みつけながら食べてたの。」
マイコは鋭い目付きで私を一瞥してから話を続けた。
「買っちゃいました。郡林堂の豆大福でございます。これ食べさせれば親孝行半分終わります!すばらしい。もこくん、はやく食べたい?、食べたかったらクーンって言って。食べたいの?」
「いつから僕はお犬になったんだよ。僕は犬じゃないよ。でも、あれだ、僕の腹の中にいる生き物が言ってるよ「くーん」と言ってる。」
マイコは不服そうな面持ちで言う。
「ああ姑息です。間接話法で逃げる姑息な人でさぁ。私はクーンって言うよ。だって食べたいもの。クーン。クーン。お腹出してもいいのよ。クーンって。」
「そんなのいいから食べようよ。僕これすごく楽しみなんだよ。一回売り切れで諦めたんだ。すごく嬉しいよ。」
「わかってないな。このクーンを聞くことで私は労われるのよ。1クーンよ。減るもんじゃないでしょ。ワンツースリーフォーはい!」
私は諦めて「くーん」と言った。
マイコは満足したのか「素晴らしい。」と言って豆大福を一つずつ恭しく皿にとった。

豆大福。
ただでさえ素晴らしいのにマイコが用意したそれには驚嘆した。餅の薄さ。ぎっしり詰まった餡子、豆の食感。私は無我夢中でそれを平らげた。

「最高だった。これは最高だ。」私が半ば放心状態で皿に残った粉を眺めている横でマイコは
ウイスキーとコーヒーのリキュールをミルクに混ぜで飲んでいた。
「ねえ、このお酒もすごく美味しい。お菓子に合う。」
マイコは口に液体を含んだ状態でこちらを向いた。「ゴクッ」と言う音がした。
マイコが飲みかけのグラスをサイドテーブルに置く、グラスの横には『Good morning,Penguin!』
という本が読みかけの状態で置かれている。

「ペンギンが好きなの?」私は立ち上がり『Good morning,Penguin!』を手に取る。
自然科学系のテレビ番組が監修している子供向けの洋書は黄色い縁取りで表紙に小さなペンギンが2羽写っている。
「動物園とか水族館に行ったときに食い入るように見てたらしいのよ。歳の離れたお兄ちゃんがよく連れていってくれてね、今でもときたまペンギンっていう生き物について考えるの。ヨチヨチと歩く可愛らしい鳥。まるでタキシードを着ているようでおぼつかない足取りなのに格調高い、チャーミングな生き物。」マイコは私に微笑みながら再びグラスを手に取った。

"Penguins are often thought of as living on the ice in Antarctica, but not all penguins live in cold places. Some penguins live in Peru and Chile in South America, South Africa, Australia, etc.,"
「知らなかった。ペンギンは寒いところだけでなくペルーやチリにも生息している。てっきり凍えるような場所にしかいないと思ってたよ。」
私は『Good morning,Penguin!』に書いてあった事柄をそのままマイコに伝える。
マイコは台所に行きグラスを液体で満たし戻ってくると言った。
「私たちが想像するようなペンギン。つまり皇帝ペンギンとかね、そういうのは南極に分布してるの、ただペンギンにも色々な種類いるのよね。聞いたことないペンギンたちが世界中に、まあ南半球をメインに散らばってる。」

「僕も皇帝ペンギンしか知らないな。正直言って皇帝ペンギンについてだってなにもわからないけど。」
マイコが続けた。
「皇帝ペンギンは南極にいるわけよね。まあ日本でも見られるけど。私はね、日本にいる皇帝ペンギンについて考えるの、そりゃちゃんとした環境で申し分なく育てられてるに決まってる、ボーッとしてても食料にありつける。けどね、本来南極にいた生き物が東京にいて大丈夫なのかって思うの。もちろん大丈夫だから動物園や水族館はペンギンを飼育してるけどね。ペンギンたちの一部は腹の底ではこう思ってるんじゃないかって考えるの。
「なにかが、おかしい。何かがすぐれない。何が原因だ?そもそもここはどこだ?俺の居場所としてここは適当なのか」って。」

私は本をソファの上に置いてから言った。
「ペンギンにそこまでものを考える能力はないだろう。ボーッとしながら魚を食べて。寝て起きて、交尾するだけだよ。」
マイコの目には力がこもっていた。
「私は水族館のペンギンと自分を重ねるの。恥ずかしいくらいナイーブなことなのはわかってる。でもそうしないわけにはいかないの。
自分が本来生息していたはずの緯度にいない。わけのわからない経度のわけのわからない場所に押し込められてそのせいで何か上手くいかない。何か気持ち悪い。そんなことを思っているペンギンに思いを馳せるの。」

「ねえ、もこさん。あなたタキシード持ってる?」マイコがつぶやく。
「持ってるよ。親戚の結婚式があるっていうんで去年作ったよ。でも一回も袖を通してない。結婚式は中止になったから。」
「今度着てるところ見せてくれない?お願い。」
「いいけど、着てくればいい?」私が言うとマイコは頷いた。

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