見下していた明日3

闇の皇子が視察に来られる日が来た。
地上は、にわかに騒がしく成っていた。
何しろ皇子の内の一人、救いの子がわざわざ視察に訪れるのだ。
大半の者は、まだ御姿すらも拝見した事は無い。
これで興奮するな、と言う方が無理がある。

時間だ。
先日、アクタが烏と戯れていた空き地に光の柱が天から降りて来て、
黒い服を着た少女一人を囲み、四人の従者を従えて地上に降臨した。
この黒い服を着た少女が皇子・・・?
これが儀典服なのだろう。
黒い上下、下は膝まで掛かるか掛からない位の丈のスカート、
上はセーラー服の様に長い襟を持った長袖の服で、襟は白かった。
服の上から前方に前掛けの如く長い布が垂れており、それも黒い。
但し縁は白かった。背中には漆黒のマントを身に着けて居た。
底が白い、黒のスニーカー。そして濃いめの青い靴下を履いて居た。
顔は東洋人の顔で、これはかなり可愛らしい。
癖の強い顔では無いが、この顔なら当人だとすぐに判別出来る顔だ。
そして髪の毛は黒く、少しボサボサな感じだが、
肩まで掛からないものの短過ぎでも無く、これなら女の子として
一目で認識するには普通に許容出来るレベルだろう。
「闇の皇子、本日は御視察下さり、誠に有難うございます!」
部下共々、一列に成って皇子を迎える。
すると、それまで居なかった筈の背中に黒い翼が一対生えた男達が
突如として数百人程その場に現れ、一斉に声を上げ始めた。
「闇の皇子の地上への帰還、バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」
突然の万歳三唱。闇の天使達だ。
顔には大きな一つ目があり、翼も黒い。
顔と言っても、人の様な顔では無く、牛の様な前方に長い顔である。
服は黒と言うよりも、薄暗い色の服であった。
これも形状的には儀典服の様なものだろう。
「そんな大袈裟にしなくてもいいって言ったのに・・・。」
皇子は困った様に笑って、そう言った。しかし、嬉しそうであった。
万歳三唱を済ませると、闇の天使達はすぐに姿を消した。
これは、我々には無い能力だ。
「始めまして皇子、私はこの地区の居住区担当の・・・。」
兎にも角にも、先に挨拶をしておく。先に名乗るのが礼儀だからだ。
「今日は宜しくね。ボクは闇の皇子の・・・。」
皇子も挨拶をしてくれる。
ふむ、一人称が「ボク」なのは、最初に魂を入れられた人間の肉体が
男だったからか・・・まあ、元々の生物として作られた時も男だったらしいが。
続いて、周りを囲んでいる従者らしき者達も挨拶を始める。
「我は暗黒騎士タナトス。闇の皇子の副官を務める者。以後宜しく頼む。」
漆黒の馬に跨った全身が黒い甲冑に身を包んだ、
顔すらも闇に埋もれている騎士が、こちらに挨拶をする。
「儂はゾーマルク。導師などと呼ばれておるが、少々買い被り過ぎじゃろうて。
儂も闇の皇子の副官を務めさせて貰っておる。宜しくな。」
背の低いズッシリとした横に広がった様な体型の老人。
翁の声だが、顔が存在するであろう部分には、蒼色の光が煌めいていて、
人と言うよりも、寧ろ機械の様にすら見えた。
「私はフェッシー。まあ幹部みたいな事をやってるけど。宜しくね。」
赤と黒のツートンの服を着込んだ、見た目11歳頃に見える少女。
これが件のフェッシーか。実際には見た目より年齢は上なんだろうな。
「私はアクタ。御存知の方も居るかもしれないけれど、
改めて宜しく御願いするわね。」
先日、闇の皇子の視察に先立って下調べに来たアクタである。
前回の時と、服装自体は全く変わっていない。
しかしこうして見ると、闇の皇子とフェッシーとアクタの三人は、
全員同じ位の年齢の見た目をして居る事に気付く。
そこがワイズマンのボーダーラインなのか?
それともそれが平均的なワイズマンの年齢的容姿なのだろうか?

それはともかく。
早速、案内をする事に成った。
民家にしても、設備にしても、大体滞り無く進んだ。
しかし、浄化の説明に成った時である。

皇子の前で浄化の実演をする為に、人間の内三名を朝の浄化には参加させず、
今の時間に浄化する事にしたのだが・・・。
「何で今に成って叩かれなくちゃ成らないんだよ!」
三人の人間が駄々を捏ね始めたのである。
「後で叩く為に、朝の分を先送りしたのだろうが!
話を聞いていなかった訳ではあるまい!」
我々が困り果ててイライラし始めると、
皇子が三人の前にしゃがみ込んで、やさしく話し掛け始めた。
「大勢の前でおしり叩かれるのは嫌なんだね。
じゃあ明日の朝に、今日の分も叩かれればそれでいいよ。
今は叩かれなくてもいいから。」
・・・以前、耳にした事がある。
裁きの子と違い、救いの子はやさし過ぎるので、統治者には向かない、と。
だから、本来は何かを束ねる役職には就けない予定だったと。
必要な事だったとは言え、悲惨な人生を歩ませられた闇の皇子は、
皮肉にも他者に対して共感し過ぎる嫌いがあり、
それが上に立つ者としての非情さに欠ける結果に成ったらしい。
ふむ・・・何だか同情したく成る話だが。
しかし仕事に私情を持ち込むべきでは無いな。

「アスペの癖に。偉そうに命令するんじゃねえよ。」
一人の人間が闇の皇子に向かって言い放った。
その瞬間、何かが変わったと瞬時に感じた。
「そうだぞ!ガイジ野郎の癖に!
お前この前まで近衛兵の子孫とか名乗ってたキチガイアスペだろ!」
「エホバの証人に逆らいやがって!滅びだぞ、滅び!」
「アハハハハハハ!アスペは滅びだ!ざまあみろ!」
エホバの証人・・・ああ。真実の一部を知っていたのを良い事に、
神の名を語って多数の信者を集めて、軍需産業に投資して金儲けをしていた、
所属する人間は本来全員魂殲滅の対象に成っていた者達の事か。
「ボクは知ってるよ。お前達はボクを無法の世界の終わりの頃に殺した、
尻を叩かれた事の無いエホバの証人の二世の女の子三人の娘達だろ。
はじめから分かって居たけれどね。
こうして情けを掛けてやっても、当たり前の様に踏み躙る。
これで「子供は尻を叩かれなく成って賢く成った」なんて、
どの口で言っていたのやら。
やっぱり女の子は尻を丸出しにして叩かないと駄目に成るね。
さて、では浄化の内容を更新するとしよう。」
先程までの、誰にでもやさしさを向けてくれる少女は、
そこにはもう居ない。
皇子としての役目を全うする、高位の執行者の姿が在った。
「皇子が任務内容を更新なさる!心して聴く様に!」
フェッシーという少女とアクタが同時に声を発する。
異様な程辺りに響き渡る声だ。
「今の時点より日々の浄化内容は、
完全露出された尻を鞭で打つ回数を倍にする。
即ち100回の尻頬への鞭打ちとする。
理由は浄化の拒絶及び、反逆行為。
三番目の罪、及び四番目の罪に該当する行為を人間が行ったものである。
罪行者は人間の女の子供三名。
不満がある者は罪人に対して苦情を行う様に。
以上。」
「御意!!!」
皇子の御言葉が終わると、世界中の光と闇の天使がそれに従う声を上げた。
そして空に青紫色の雲が文字を形成したものが流れた。
「更新内容。
浄化は人間の露出された尻頬を
100発鞭で毎朝叩く。」
その文章は、数分もすると消えた。

罪を犯した子供三人は、しかし相変わらず喚いて居た。
「おい!おいアスペ!子供の尻を叩くのは虐待だぞ!」
「そうだぞ!人間様が決めたルールなんだからな!」
「障害者が信じている神なんか神じゃない!
人間様が決めた、人間様の奴隷に成る神が本当の神だ!」
うむ。どうして浄化に鞭を用いて尻を打たねば成らないのか。
こうして目の前にその理由を提示されると、弥が上にも納得してしまう。
やはり、人間は剥き出しの尻を叩かれて教育される必要がある。
元々そういう形に設計されているのだ。そうしなければ人間は異常を来す。
「この者達はもう殺した方が良いのでは?」
アクタが皇子に提案する。
「いや。まだ利用価値はあるよ。
尻を叩く事で、サンプルデータの収集には使えるでしょ。
今まであまりにも当たり前過ぎて、誰もデータを取ってなかったんだよね。
そしたら人間は浅知恵を使って「尻を叩くのは虐待」とか、
自分自身のアイデンティティを否定する様な
意味不明な事を言い出したんだけれど。
まあ、印象操作して上手く「当たり前」を逆手に取ったんだろうね。
自分達の望んだ実験結果を出す為だけに学者を雇って実験して、
それを
「科学的な実験結果によって、子供の尻を叩くのは悪影響だと証明された」
と必死に虚言を吐いていたじゃない。
だから、人間が二度と「尻を叩かない教育」という
悪魔の教えた教育を信じない様に、徹底的にデータを取って、
人間には尻叩きしか正しい教育は存在しないと、
しっかりと証明しておかないと。
そうしないとまた、嘘に騙されて神に反逆するからね。」
「了解です。皇子の御心のままに。」
アクタが頭を下げて皇子の言葉に従う。

その時。
罪人の子供の内の一人が、近くの石を拾い皇子目掛けて投げ付けた。
しかし。
「下らない事をするね。」
皇子は漆黒の光を放つ剣で、それをいとも容易く斬り落とした。
ああ!これは神剣だ!凄い・・・本物なんて初めて見た。
「付け上がりやがって。」
アクタが先日の石を投げ付けられた時と同じ表情をする。
それを皇子が手で制止する。
「人間様が望まなかった未来なんか、要らねえんだよ!」
「その人間て言うのは、正しい人間か?違うだろ。
正しく無い人間が望んだ未来なんか来なくても良い。
正しい人間が望んだ、公平で公正な世界が訪れればそれでいいんだ。
つまり、お前達悪人が見下していた明日が来た、
それだけの事なんだよ。」
「無駄ですよ、皇子。この人間は障害者を好きなだけ殺せる、
ナチスの支配する世界を望んで居るのです。
尻を叩かれなかった女は、潜在的に多かれ少なかれ
ヒトラーに憧れを抱いていますから。」
「そうだね。」
フェッシーの言葉に、皇子は悲しそうに頷いた。

場の空気を和ませる意味でも、ここは一つ・・・。
「皇子、それは神剣ですよね!?」
「あ、うん。でもこれは自衛用に携行しているデチューンされたものだから。
威力的には大した事は無いと思うよ。」
「いえ!何を仰いますやら!その漆黒の神剣は、
我々の持っている霊剣より遥かに威力が高いものではないですか!
人間はおろか、悪魔だって一撃で殺せるレベルですよ!
何しろ、あの強力な『因子』を一時的に怯ませる力があるのですから、
それだけでも物凄い武器ですよ!」
「そうなんだ、ありがと。良かったら持ってみる?
使う事は出来無いと思うけれど・・・。」
そう仰って皇子は神剣を手渡して来てくれた!
伝説の剣をこの手で触れるなんて!
今日は本当に凄い日だ!


・・・うん、まあ何だ。
少しはしゃぎ過ぎてしまった感はあるが、
御蔭様で闇の皇子の御視察は何とか終わった。
アクタに隙を見て聞いたのだが、やはり今回のアクシデント自体が
想定済みの事だったらしい。
成る程。確かに、本来無法の世界の終わりの時に
死ぬべきだった者達が生き残っている以上、遅かれ早かれ、
こういった事態は絶対に起こった、という訳か。
「次に来る時には、もう少し平和に成っている事を願うよ。」
そう仰って皇子は側近と共に、天へと帰って行く。
我々はしっかりと一列に成って皇子を御見送りすると、
皆、緊張感が解けて、一様に安堵の表情を浮かべた。
大変だったが、大きい仕事をやり遂げた達成感はある。
今度皇子が来られる時は、もう少しスムーズに事を進めたいと、
心の中で思うのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?